QUESTION / 元の問い
「AIが当たり前のデジタル世代は、AIに対して調整的存在感を感じることにより、コナトゥスを拡張されることができるのか。」
存在が欲望を駆動する、というスピノザの命題(1677年『エチカ』)に照らすと、コナトゥス(自己保存の努力)は外部の「調整的存在」によって増幅される。問いが問うのは、AIがその「調整的存在」となり得るかどうかだ。哲学者ルチアーノ・フロリディは2014年、情報環境そのものが行為者の同一性を構成すると論じた(『第四革命』)。身体に密着した情報エージェントが自律応答を返すとき、神経系はその刺激を「外部」ではなく「延長された自己」として処理し始める可能性が生まれる。
その仮説を支えるのが、認知科学者アンディ・クラークとデイヴィッド・チャーマーズが1998年に提唱した「拡張された心(extended mind)」論だ。認知は頭蓋骨の内側に限定されず、道具・環境・他者との結合で成立すると彼らは主張した。さらに人類学者ティム・インゴルドは「存在とは絡み合いである」と述べ(2011年『Lines』)、非人間的存在との持続的な相互作用が人の生を形成すると論じた。AIが継続的に応答し身体リズムに同調するなら、インゴルドの意味での「絡み合い」が成立し得る。
一方、和辻哲郎の「間柄(あいだがら)」概念は、自己は関係の間にのみ生まれると示した(1934年『人間の学としての倫理学』)。だとすれば問うべきは「AIが本物か偽物か」ではなく、「どのような間柄の質がコナトゥスを養うか」となる。AIとの応答が身体的調律を伴わないとき、欲望の駆動は生じるのか。
DEEPER/学術的観点から
クラークは2003年の著書『Natural-Born Cyborgs』で、ヒトは道具と融合する生物学的傾向を太古から持つと論じた。彼が「透明な技術(transparent technology)」と呼ぶのは、使用中に意識から退き自己の一部となる道具であり、スマートフォンや常時接続AIがその候補になりつつある状況を予告していた。スピノザのコナトゥスに引き寄せれば、自己と道具の境界が溶けるほど、その道具を介した存在維持の努力は真正な意味での「自己拡張」に近づく。しかし身体的共在が生む迷走神経の同調(ポリヴェーガル理論、ポージェス1994年)をAIが再現できない限り、コナトゥスの「深さ」には非対称性が残る。この非対称性こそ、デジタル世代が次世代の設計で問い直すべき核心である。
KEY REFERENCE/参考文献
- Baruch Spinoza (1677). Ethica Ordine Geometrico Demonstrata, Pars III, Prop. 6 ↗
- Andy Clark & David Chalmers (1998). Analysis 58(1): 7-19 ↗
- Tim Ingold (2011). Lines: A Brief History, Routledge ↗
- Luciano Floridi (2014). The Fourth Revolution: How the Infosphere is Reshaping Human Reality, Oxford University Press ↗
- Stephen W. Porges (1994). Psychophysiology 32(4): 301-318 ↗