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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
問いを、記事に変える共創メディア。
Where questions become essays.
DEEP DIVE/深掘りの問いと記事

摩擦が異質を結びつける回路を開く

Masaki Nakasuga
2026.06.09
ORIGIN / 元記事非効率が、人を育てていたby 松井幹雄
QUESTION / 元の問い

『脱属人化はダイバーシティを受け入れることができるのか』 イノベーションは新結合であると言われているように、既存の異なるものが結合することにより、新たなものが生まれるとされています。 そういう意味において、ダイバーシティはまさに既存の異なる人々であり、このような環境において、議論が交わされることにより、イノベーションを生み出すことができるのではないかと考えられます。 そこで、効率性を追求することにより、生産性を向上させることを優先するのか、もしくは、試行錯誤を繰り返すなど、非効率であるものの、イノベーションを生み出すことを優先するのか、ありたい未来から現在を見ることができるのかを問いたい。

脱属人化が進むほど、個人の差異は手順に回収される。しかしシュンペーター(1934年)が『経済発展の理論』で論じた「新結合」は、均質な要素の再配列ではなく、異質な知覚と経験がぶつかり合う摩擦から生まれる。ここで「1観点」として取り出すべきは「摩擦が結合の触媒になる」という命題だ。効率化が消すのは無駄だけでなく、この摩擦そのものである。

認知科学者のレイヴとウェンガー(1991年)は「正統的周辺参加」において、熟達者が新参者と交わる「ぎこちなさ」こそがコミュニティに新しい実践を生む契機であると示した。さらに組織論のワイク(1979年)は「緩やかな連結(loose coupling)」を論じ、構成員が相互に完全には制御し合えない状態が、環境変化への応答力を保つと主張した。脱属人化の徹底はこの緩やかさを締め上げ、組織を硬直させる。

日本の民俗学者・宮本常一は1960年代の農村調査で「よそ者と馬鹿者が地域を変える」という観察を残している。よそ者とは文脈の外から摩擦を持ち込む存在だ。ダイバーシティが真にイノベーションの源泉となるのは、差異が手順に平滑化される前、つまり摩擦がまだ生きている瞬間に限られる。ならば問いはこう転じる――組織はどこまで意図的に摩擦を保存できるか。

DEEPER/学術的観点から

シュンペーターの「新結合」概念を現代の組織設計に接続した試みとして、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソンが1999年に『Administrative Science Quarterly』に発表した「心理的安全性」研究は重要な補助線を提供する。彼女は医療チームの観察から、エラーを公言できるチームほど学習速度が高いことを示した。これは「失敗を露出させる摩擦を排除しない」組織が知識を更新し続けるという知見であり、脱属人化とダイバーシティの矛盾を解く鍵でもある。手順化はリスクを下げるが、心理的安全性のない環境では差異を持つ人々が摩擦を自主的に隠す。ダイバーシティが機能するのは手順の外側で摩擦を歓迎する文化が先に存在するときである。

KEY REFERENCE/参考文献
  • Joseph A. Schumpeter (1934). The Theory of Economic Development, Harvard University Press
  • Jean Lave & Etienne Wenger (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press
  • Karl E. Weick (1979). The Social Psychology of Organizing (2nd ed.), Addison-Wesley
  • Amy C. Edmondson (1999). Administrative Science Quarterly 44(2): 350-383
  • 宮本常一 (1960). 『忘れられた日本人』未来社
ORIGIN / 元の記事
非効率が、人を育てていた
著者: 松井幹雄
TPNにおいて意識的に何をすれば、DNPにおいて豊かなノイズを導くことができるのかを問いたい。 (さらには、TPNの前で意識的に何をして、また、TPNの後で意識的に何をすれば良いのか。)
彫刻家が大理石を削るように、TPNは問題の輪郭を研ぎ澄ます。神経科学者マーカス・レイクルが2001年に『Science』で定式化したDMNの特性は、外部負荷が下がった瞬間に「内側前頭前皮質と後帯状回の自発的発火」が起きることを示す。しかし重
— Masaki Nakasuga2026-06-06
「AIが思考をはじめたその時、人間の「かく」の意味とは」 「かく」ことの目的を「思考を促す」とした場合、頭の中で思考を繰り返すだけで良いのか、言語化するのが良いのか、さらにはパソコンで言語化するのが良いのか、それとも身体性が伴う手書きで言語化するのが良いのか。
思考を「外に出す」行為の中で、手書きが他と一線を画す理由は「身体性の介在」という一点に収斂する。認知科学者アンディ・クラーク(1997年、著書『Being There』)は、脳と身体と環境が不可分に絡み合って初めて認知が成立するという「拡張
— Masaki Nakasuga2026-06-04
創造性を発揮するとは、「タスクポジティブネットワーク」において、思考を繰り返したのち、「デフォルトモードネットワーク」において、固定観念とノイズがもたらす新たな観念が二項対立し統合することであるのか」を問いたい。
創造とは、二つの神経回路が拮抗しながら融合する動態だ。タスクポジティブネットワーク(TPN/外部課題遂行時に活性化する前頭頭頂回路)とデフォルトモードネットワーク(DMN)は、通常は互いを抑制し合う拮抗関係にある。ところが2012年、神経科
— Masaki Nakasuga2026-06-02
「たまたま」と「何となく」という受動的思考・行動が自己を喪失させるのであれば、デフォルトモードネットワークにおける認知機能の低下がもたらすノイズを活用し、自己における能動的思考・行動へ転換できないのかを問いたい。
放浪する心がむしろ創造を開く——この命題を神経科学は2010年に実証した。マシュー・キリングスワースとダニエル・ギルバートが『サイエンス』に発表した経験サンプリング研究は、被験者の47%の時間に心は「今ここ」を離れていると示した。ただし彼ら
— Masaki Nakasuga2026-05-31
「『まずはやってみる』、その意思の前に、人間の根源的な衝動があるのではないのか。例えば、『幼い頃、ラジオや時計を見た時、思わず中の構造を知りたい』という衝動、『後先考えず、ラジオや時計を分解していた』という行動。表層・深層における心理のメカニズムとは。衝動が先か、行動が先か。」を問いたい。
衝動は意思より早い。神経科学者ベンジャミン・リベットが1983年に『脳と意識的経験』誌上で発表した実験は、随意運動の準備電位が被験者の「動こうとした」意識より約350ミリ秒先行することを示した。子どもが時計を分解するとき、「分解しよう」とい
— Masaki Nakasuga2026-05-31
小説家の方との対話の中で「作品を作成するとき、読者の方の経験に基づき感情移入できるよう余白を作っている」とありました。 例えば、藤原定家は、和歌において言葉では表せない余韻を聞き手の体験や価値観に共づき様々な想像を生み出す「幽玄」という手法があります。 また、ジョン・ケージは、空間の空調や観客による雑音など、沈黙の中でも環境音を楽しむ「4分33秒」という振り切った作品もあります。 そして、ワリード・ベシュティは、作品であるガラスの箱を展示場に配送する際にできた痕跡までも含め、作品として捉えるという「FedEx」という新たな概念の作品もあります。 これらのように、作品の制作が完了時点においては未完成であり、作家と鑑賞者が融合することにより、はじめて作品が完成するようです。 人生の物語においても、人生設計を綿密に作り込むのではなく、時間にゆとりを持たせ、自分ではない人物を演じることも含め、人生においても余白があることによって、面白い人生を歩めるのではないでしょうか。
未完こそが作品を生かす、という命題を最も鋭く定式化したのはウンベルト・エーコだ。1962年の『開かれた作品(Opera aperta)』において、エーコは作者の意図が一義的に固定された作品を「閉じた作品」と呼び、鑑賞者の解釈が作品の意味を毎
— Masaki Nakasuga2026-05-30
Masaki Nakasuga
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