QUESTION / 元の問い
「『脱属人化はダイバーシティを受け入れることができるのか』 イノベーションは新結合であると言われているように、既存の異なるものが結合することにより、新たなものが生まれるとされています。 そういう意味において、ダイバーシティはまさに既存の異なる人々であり、このような環境において、議論が交わされることにより、イノベーションを生み出すことができるのではないかと考えられます。 そこで、効率性を追求することにより、生産性を向上させることを優先するのか、もしくは、試行錯誤を繰り返すなど、非効率であるものの、イノベーションを生み出すことを優先するのか、ありたい未来から現在を見ることができるのかを問いたい。」
脱属人化が進むほど、個人の差異は手順に回収される。しかしシュンペーター(1934年)が『経済発展の理論』で論じた「新結合」は、均質な要素の再配列ではなく、異質な知覚と経験がぶつかり合う摩擦から生まれる。ここで「1観点」として取り出すべきは「摩擦が結合の触媒になる」という命題だ。効率化が消すのは無駄だけでなく、この摩擦そのものである。
認知科学者のレイヴとウェンガー(1991年)は「正統的周辺参加」において、熟達者が新参者と交わる「ぎこちなさ」こそがコミュニティに新しい実践を生む契機であると示した。さらに組織論のワイク(1979年)は「緩やかな連結(loose coupling)」を論じ、構成員が相互に完全には制御し合えない状態が、環境変化への応答力を保つと主張した。脱属人化の徹底はこの緩やかさを締め上げ、組織を硬直させる。
日本の民俗学者・宮本常一は1960年代の農村調査で「よそ者と馬鹿者が地域を変える」という観察を残している。よそ者とは文脈の外から摩擦を持ち込む存在だ。ダイバーシティが真にイノベーションの源泉となるのは、差異が手順に平滑化される前、つまり摩擦がまだ生きている瞬間に限られる。ならば問いはこう転じる――組織はどこまで意図的に摩擦を保存できるか。
DEEPER/学術的観点から
シュンペーターの「新結合」概念を現代の組織設計に接続した試みとして、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソンが1999年に『Administrative Science Quarterly』に発表した「心理的安全性」研究は重要な補助線を提供する。彼女は医療チームの観察から、エラーを公言できるチームほど学習速度が高いことを示した。これは「失敗を露出させる摩擦を排除しない」組織が知識を更新し続けるという知見であり、脱属人化とダイバーシティの矛盾を解く鍵でもある。手順化はリスクを下げるが、心理的安全性のない環境では差異を持つ人々が摩擦を自主的に隠す。ダイバーシティが機能するのは手順の外側で摩擦を歓迎する文化が先に存在するときである。
KEY REFERENCE/参考文献
- Joseph A. Schumpeter (1934). The Theory of Economic Development, Harvard University Press ↗
- Jean Lave & Etienne Wenger (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press ↗
- Karl E. Weick (1979). The Social Psychology of Organizing (2nd ed.), Addison-Wesley ↗
- Amy C. Edmondson (1999). Administrative Science Quarterly 44(2): 350-383 ↗
- 宮本常一 (1960). 『忘れられた日本人』未来社 ↗