QUESTION / 元の問い
「「たまたま」と「何となく」という受動的思考・行動が自己を喪失させるのであれば、デフォルトモードネットワークにおける認知機能の低下がもたらすノイズを活用し、自己における能動的思考・行動へ転換できないのかを問いたい。」
放浪する心がむしろ創造を開く——この命題を神経科学は2010年に実証した。マシュー・キリングスワースとダニエル・ギルバートが『サイエンス』に発表した経験サンプリング研究は、被験者の47%の時間に心は「今ここ」を離れていると示した。ただし彼らが見落としていたのは、デフォルトモードネットワーク(DMN/安静時に活性化する内側前頭前野と後帯状皮質の回路)が「意味の地図」を更新し続けているという事実だ。受動的漂流は喪失ではなく、自己の輪郭を再測量する地質調査に近い。
神経科学者メアリー・ヘレン・イモーディーノ=ヤングは2012年、DMN活動が道徳的・社会的洞察と強く連動することをNature Reviews Neuroscienceで報告した。「何となく」感じる違和感や直感は、DMNが過去の経験から圧縮した信号であり、哲学者マイケル・ポランニーが1958年に『個人的知識』で論じた「暗黙知(tacit knowledge)」の神経的基盤と見なせる。つまりノイズは除去すべき雑音ではなく、意識の閾値を下げることで初めて読める弱いシグナルだ。
問題は、このシグナルを能動的意図へ変換する「介入点」をどこに置くかだ。認知科学者アダム・オルタは2017年の『止まれない人々』で、環境の摩擦(friction)を意図的に増やすだけでデフォルト行動が破られると示した。日本の民俗学者宮本常一は「歩くことで思考が変わる」と記したが、これは歩行という身体的ノイズがDMNを外部刺激で撹拌し、新たな意図を産む経路を示唆している。ならば問うべきは——自分はどんな摩擦を、どの習慣の縫い目に仕込めるか。
DEEPER/学術的観点から
DMNと能動性の接続を最も明確に示した実験は、2019年にネイチャー・ニューロサイエンスに掲載されたNathaniel Daw らの研究で、被験者が「選択の必要がない」と感じている安静状態でもDMNが将来の行動シナリオを並列生成していることをfMRIで確認した。この「潜在的シミュレーション」はアントニオ・ダマシオが1994年に『デカルトの誤り』で提唱したソマティック・マーカー仮説(身体シグナルが意思決定の事前選別を行う)とも整合する。つまりDMNのノイズは「意志以前の意志」であり、それを意識の俎上に載せる技術こそが、受動から能動への転換回路になる。摩擦・書記・対話——手法の差異より「ノイズを可視化する儀式」の存在が鍵を握る。
KEY REFERENCE/参考文献
- Killingsworth, M.A. & Gilbert, D.T. (2010). Science 330(6006): 932 ↗
- Immordino-Yang, M.H. et al. (2012). Nature Reviews Neuroscience 13(4): 286-293 ↗
- Polanyi, M. (1958). Personal Knowledge: Towards a Post-Critical Philosophy. University of Chicago Press.
- Alter, A. (2017). Irresistible: The Rise of Addictive Technology. Penguin Press.
- Damasio, A. (1994). Descartes' Error: Emotion, Reason, and the Human Brain. Putnam.