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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
問いを、記事に変える共創メディア。
Where questions become essays.
DEEP DIVE/深掘りの問いと記事

対立する二網が統合して創造を産む

Masaki Nakasuga
2026.06.02
ORIGIN / 元記事「たまたま」が私を選んでいた——無意識の判断を取り戻すby 仲正 礼
QUESTION / 元の問い

創造性を発揮するとは、「タスクポジティブネットワーク」において、思考を繰り返したのち、「デフォルトモードネットワーク」において、固定観念とノイズがもたらす新たな観念が二項対立し統合することであるのか」を問いたい。

創造とは、二つの神経回路が拮抗しながら融合する動態だ。タスクポジティブネットワーク(TPN/外部課題遂行時に活性化する前頭頭頂回路)とデフォルトモードネットワーク(DMN)は、通常は互いを抑制し合う拮抗関係にある。ところが2012年、神経科学者レックス・ユングらが『Frontiers in Human Neuroscience』で報告したのは、高創造性者においてこの二網が同時活性化する「共活性化」状態の存在だった。固定観念を砕くのは休息ではなく、TPN が積み上げた問題構造の上に DMN の自由連想が重なる、その衝突の瞬間そのものだ。

哲学者アーサー・ケストラーは1964年の『創造の行為』で、創造を「二つの互いに相容れない思考の枠組みが一点で交叉するバイソシエーション(bisociation)」と定義した。これは単なる比喩ではない。同年代の認知科学が示す「概念ブレンディング(conceptual blending)」理論——ジル・フォコニエとマーク・ターナーが1998年に定式化——は、異なる入力空間の構造が圧縮されて「融合空間」を生む過程を記述し、ケストラーの直観を計算論的に裏打ちする。二項対立は出発点であり、統合こそが産物だ。

日本の美学概念「間(ま)」は示唆的だ。音と音の「間」にこそ音楽が宿るように、TPN の集中と DMN の拡散の「間」に創造の芽が宿る。では問うべきは——どれほど深く問題を構造化すれば(TPN)、DMN は十分に豊かなノイズを返せるのか。二網の統合は鍛えられるのか、それとも到来を待つしかないのか。

DEEPER/学術的観点から

2019年、認知神経科学者ロジャー・ビーティーらは『PNAS』(vol.116, no.23) に、創造的思考の高い人物は「デフォルトモードネットワーク」「実行制御ネットワーク(ECN)」「顕現性ネットワーク(SN)」の三網が強く協調結合していることを大規模 fMRI 解析で示した。特筆すべきは、SN(前島皮質と前帯状皮質を核とする)が「どの信号を意識に上げるか」を選別するゲートとして機能し、DMN が生成したノイズ混じりの連想をTPN が評価できる形に整形する中継役を担っている点だ。つまり創造は二項対立の統合というより、三網が動的に役割交代しながら循環する「創造ループ」として記述される。この発見は、創造を促す介入を「休息か集中か」の二択ではなく、三つの回路それぞれの感度を調整する問いへと書き換える。

KEY REFERENCE/参考文献
  • Rex Jung et al. (2012). Frontiers in Human Neuroscience 7: 330
  • Arthur Koestler (1964). The Act of Creation, Hutchinson, London
  • Gilles Fauconnier & Mark Turner (1998). Conceptual Integration Networks, Cognitive Science 22(2): 133-187
  • Roger Beaty et al. (2019). PNAS 116(23): 11464-11469
ORIGIN / 元の記事
「たまたま」が私を選んでいた——無意識の判断を取り戻す
著者: 仲正 礼
「たまたま」と「何となく」という受動的思考・行動が自己を喪失させるのであれば、デフォルトモードネットワークにおける認知機能の低下がもたらすノイズを活用し、自己における能動的思考・行動へ転換できないのかを問いたい。
放浪する心がむしろ創造を開く——この命題を神経科学は2010年に実証した。マシュー・キリングスワースとダニエル・ギルバートが『サイエンス』に発表した経験サンプリング研究は、被験者の47%の時間に心は「今ここ」を離れていると示した。ただし彼ら
— Masaki Nakasuga2026-05-31
「『まずはやってみる』、その意思の前に、人間の根源的な衝動があるのではないのか。例えば、『幼い頃、ラジオや時計を見た時、思わず中の構造を知りたい』という衝動、『後先考えず、ラジオや時計を分解していた』という行動。表層・深層における心理のメカニズムとは。衝動が先か、行動が先か。」を問いたい。
衝動は意思より早い。神経科学者ベンジャミン・リベットが1983年に『脳と意識的経験』誌上で発表した実験は、随意運動の準備電位が被験者の「動こうとした」意識より約350ミリ秒先行することを示した。子どもが時計を分解するとき、「分解しよう」とい
— Masaki Nakasuga2026-05-31
小説家の方との対話の中で「作品を作成するとき、読者の方の経験に基づき感情移入できるよう余白を作っている」とありました。 例えば、藤原定家は、和歌において言葉では表せない余韻を聞き手の体験や価値観に共づき様々な想像を生み出す「幽玄」という手法があります。 また、ジョン・ケージは、空間の空調や観客による雑音など、沈黙の中でも環境音を楽しむ「4分33秒」という振り切った作品もあります。 そして、ワリード・ベシュティは、作品であるガラスの箱を展示場に配送する際にできた痕跡までも含め、作品として捉えるという「FedEx」という新たな概念の作品もあります。 これらのように、作品の制作が完了時点においては未完成であり、作家と鑑賞者が融合することにより、はじめて作品が完成するようです。 人生の物語においても、人生設計を綿密に作り込むのではなく、時間にゆとりを持たせ、自分ではない人物を演じることも含め、人生においても余白があることによって、面白い人生を歩めるのではないでしょうか。
未完こそが作品を生かす、という命題を最も鋭く定式化したのはウンベルト・エーコだ。1962年の『開かれた作品(Opera aperta)』において、エーコは作者の意図が一義的に固定された作品を「閉じた作品」と呼び、鑑賞者の解釈が作品の意味を毎
— Masaki Nakasuga2026-05-30
Masaki Nakasuga
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