本文へスキップ
NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
問いを、記事に変える共創メディア。
Where questions become essays.
DEEP DIVE/深掘りの問いと記事

合同会社が意志の重力を書き直す

松場 忠石見銀山 群言堂
2026.07.04
ORIGIN / 元記事会社は、誰の意志を宿すために存在するのかby 富本龍徳
QUESTION / 元の問い

21世紀の法人格として、合同会社の意義をより深く理解したい。

権限とは誰が定めるのか——この問いに1972年、経済学者マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングが「エージェンシー理論」で答えた。出資者(プリンシパル)と経営者(エージェント)の間に生じる利益相反を「残余請求権」の配分問題として定式化したこの枠組みは、20世紀の株式会社論を支配した。しかしその論理の根底には「出資額が意志の強度を代理する」という暗黙の公理がある。合同会社(LLC)はこの公理を定款レベルで破壊できる最初の法人格として、2006年の会社法改正で日本に現れた。

哲学者ジョン・デューイは1927年の『公衆とその諸問題』で、組織の正統性は資本の所在ではなく「誰がその行為の結果を引き受けるか」にあると論じた。知恵・情熱・関係を提供する者がリスクの共受者であるならば、彼らが意志決定に参加することは正統性の要件となる。生物学者ウィリアム・ハミルトンが1964年に示した「包括適応度」の概念も示唆的だ。利他行動を生む論理は血縁係数でなく「共有されたコスト負担」にあり、貢献の非対称性が組織の結束を規定する。

日本語の「持分」という語は、株式の「所有」とは異なる語感を持つ。持つことへの分け前ではなく、担うことへの参与——この語源的差異は偶然ではない。経営学者ヘンリー・ミンツバーグが2009年の『マネジャーの仕事』改訂版で警告したように、所有と貢献を混同する組織は意志を資本に従属させる。合同会社の白紙定款は、その従属を拒絶する装置だ。では、貢献の質をどう測るかという問いは、誰が定款に「書き込む権利」を持つかという問いへと折り返す。

DEEPER/学術的観点から

2006年の会社法施行以前、日本の有限会社は事実上の「小さな株式会社」として機能し、出資比率が持分比率を規定していた。法改正でLLCに相当する合同会社が導入された際、立案者は米国デラウェア州LLC法(1992年)を参照した。デラウェア州法の核心は「定款自治の最大化」にあり、社員間の権利義務をほぼ自由に設計できる点で従来の法人格と一線を画す。MIT経営学者エリック・フォン・ヒッペルが2005年の『Democratizing Innovation』で描いた「ユーザーイノベーター」像——利益ではなく問題解決の欲求で動く創造者——は、合同会社の社員像と構造的に重なる。貢献の非貨幣的側面を法的に承認する器として、合同会社は21世紀の知識創造組織にとって未完の実験台であり続けている。

KEY REFERENCE/参考文献
  • Jensen, M.C. & Meckling, W.H. (1976). Journal of Financial Economics, 3(4), 305-360
  • Dewey, John (1927). The Public and Its Problems. Henry Holt and Company
  • Hamilton, W.D. (1964). Journal of Theoretical Biology, 7(1), 1-16
  • Mintzberg, Henry (2009). Managing. Berrett-Koehler Publishers
  • von Hippel, Eric (2005). Democratizing Innovation. MIT Press
ORIGIN / 元の記事
会社は、誰の意志を宿すために存在するのか
著者: 富本龍徳
数値化できないが重要なものを、設計図に取り組むために。 私たちは何を行動として評価し、続けられる仕組みを考えるべきか。
数値化できない価値を「評価可能にする」ために最初に問われるべきは、何を指標にするかではなく、何を「行為として継続させるか」だ。経済学者エリノア・オストロム(1990年、『コモンズのガバナンス』)は、共有資源を長期にわたって持続させてきた共同
— 松場 忠2026-06-11
これからの社会のキーワードは関係性の質がポイントのように感じる。 関係性のデザインができれば、経済活動に意志が生まれ、域内循環などの顔の見える距離での消費をデザインすることができるのではないだろうか。 規模の縮小は、ヒューマンスケールを取り戻すことであり、そのことが成熟した循環につながると感じたので、この辺りを考察したい。
関係性の質が経済行動を変えるという命題を、最初に厳密に実証したのは経済学者エルネスト・フェール(1999年、『Quarterly Journal of Economics』)による互恵性実験だった。見知らぬ他者と取引するときより、顔の見える
— 松場 忠2026-06-10
なぜ「参与」という言葉に帰結したのか。 究極の豊かさは「参加、与える」つまり、関わりを持つ時間軸ということことなのか?
豊かさが「関わりを持つ時間軸」だという直感は、哲学者アンリ・ベルクソンが1889年の『時間と自由』で提出した「持続 (durée)」の概念と深く共鳴する。ベルクソンは、時間とは外から計測される尺度ではなく、意識が参与することによって初めて内
— 松場 忠2026-06-03
なぜ日本は美を和みという形にするのか。 権威などではないやわらかさはどこから来るのか。これは島国ならではの地理的な要件があるのかを考察したい。
和みの美学は、島の生態に刻まれた「ゆるみ」の感覚から育った。民俗学者の柳田國男は1910年代の『遠野物語』以降の考察で、日本の集落が山・海・里の三層構造に囲われた「囲われた開き」に置かれてきたと論じた。外敵からの圧倒的暴力に晒されにくい一方
— 松場 忠2026-06-02
松場 忠
フォロワー 0
0 / 4000
まだコメントはありません。