QUESTION / 元の問い
「数値化できないが重要なものを、設計図に取り組むために。 私たちは何を行動として評価し、続けられる仕組みを考えるべきか。」
数値化できない価値を「評価可能にする」ために最初に問われるべきは、何を指標にするかではなく、何を「行為として継続させるか」だ。経済学者エリノア・オストロム(1990年、『コモンズのガバナンス』)は、共有資源を長期にわたって持続させてきた共同体の制度を分析し、「制度は外から設計されるより先に、繰り返された実践の蓄積から立ち上がる」という命題を提示した。林業家が30年かけて育てた森は、価値を「持っている」のではなく、ケアの行為を「繰り返してきた」ことそのものが価値の実体だ。
行為の反復が価値を生成するという視点は、哲学では「実践知(phronesis)」の概念にも通じる。アリストテレスが『ニコマコス倫理学』(前4世紀)で述べた通り、善い行為は一度の決断ではなく習慣(hexis)として身体に刻まれるとき初めて共同体の資産になる。社会学者アンソニー・ギデンズ(1984年、『社会の構成』)はこれを「構造化理論」に接続し、個人の再帰的実践が制度構造を再生産し、ときに変容させると論じた。つまり、評価の設計図は行為を映す鏡でなく、行為が設計図を書き直す可能性を常に帯びている。
では、どの行為を評価軸として選ぶべきか。日本の伝統的な「結(ゆい)」の仕組みは、個人の利益計算なしに互いの農作業を持ち回る行為そのものを共同体の信用基盤にしてきた。行為の記録ではなく行為の反復が担保だった。マネジメント研究者ピーター・ドラッカー(1954年、『現代の経営』)は「測定できないものは管理できない」と述べたが、逆を言えば「管理しようとすること自体が測定の枠を決める」。数値化より先に、どの行為を積み重ねる仕組みが「設計図」として機能するか——その選択こそが問われている。
DEEPER/学術的観点から
オストロムが1990年に提示したコモンズ論の核心は、「設計原則(design principles)」と呼ばれる8項目にある。その第1原則は「境界の明確化」ではなく「誰がその資源を利用し管理する当事者かを集団自身が決める」ことに置かれた。これは、外部の行政や金融機関が設計した書類の欄ではなく、当事者が繰り返し実践を通じて形成した内部ルールが、長期的な資源管理において圧倒的な優位性を持つという実証的な根拠だ。1992年、彼女はこの研究により経済学における制度分析の転換点を画し、2009年にノーベル経済学賞を受賞した。行為の反復をどう記録し、誰がその記録を信任するかという問いは、デジタル技術が台頭した現代においても解かれていない設計課題として残っている。
KEY REFERENCE/参考文献
- Elinor Ostrom (1990). Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action. Cambridge University Press. ↗
- Aristotle (前335頃). Nicomachean Ethics, Book II. (Ross trans., Oxford University Press, 1998) ↗
- Anthony Giddens (1984). The Constitution of Society: Outline of the Theory of Structuration. Polity Press. ↗
- Peter F. Drucker (1954). The Practice of Management. Harper & Row. ↗
- 柳田国男 (1931). 「明治大正史 世相篇」岩波書店 (「結」の互助実践に関する記述) ↗