QUESTION / 元の問い
「「共に在ること」による知の移転を、棚田以外の文脈で考える。 本当は学校での教育とは「共に在ること」による知の移転なのではないだろうか? 教育を共育と読み換え、先生という先に生まれた人が、子どもと「共に在ること」による知の移転なのではないだろうか? これは家庭や地域社会における「躾」にしても同じ構造なのではないだろうか? 昨今、子どもの「躾」も学校任せになってきている傾向があるように感じているが、どうなのだろう? 親や地域のおとなからの「共に在ること」による知の移転がなくなってきているのがその要因ではないだろうか? 「共に在ること」による知の移転、これは棚田のみならず様々なところで同じような問題が起きているように感じるが、どうなのだろうか? 「共に在ること」による知の移転、人と人のつながり、関係人口、これらは今後どうなると考えられているのだろう?」
身体知は「場」を共有しなければ移らない。1958年、哲学者マイケル・ポランニーは著書『Personal Knowledge』で「私たちは語れる以上のことを知っている」と記した。この命題が照らすのは、棚田の畔だけではない。学校という制度が生まれる以前、人類の圧倒的多数は「先に生きた者と同じ場に立つ」ことで学んでいた。教育学者ジャン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーが1991年に提唱した「正統的周辺参加」理論は、徒弟制の学びを分析しながら、知識は共同体への参加を通じてしか本物にならないと論証した。共育とはすなわち、先に生まれた者の身体が放つ信号に、後から来た者の身体が同調するプロセスである。
日本の「躾(しつけ)」という語は、「身を美しく付ける」と書く。服飾用語から転じたこの言葉は、形を整えることが内面を整えることと不可分だという身体知の直観を孕んでいる。民俗学者の宮本常一は1960年代、全国の農山漁村を歩いて記録した膨大なフィールドノートの中で、子どもが大人の仕事場に自然に入り込み、叱られも教えられもせずに「なり方」を身体化していく様子を繰り返し記述した。この「傍にいる」ことへの参加が、地域が子育てを担った真の構造だった。社会学者のロバート・パットナムは2000年の著作で、地域の社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の希薄化がまさにこの共在の消滅と連動していると指摘している。
問うべきは、なぜ「共に在ること」が再設計されないのかだ。関係人口という概念は、地域と都市の間に新しい共在の回路を作ろうとする試みとして注目されてきた。しかし研究者の田中輝美が2021年に指摘するように、その接続が「体験消費」にとどまる限り身体知は移らない。学校・家庭・地域が制度的に分離した社会で、誰がどの「場」に子どもを連れていくのか。継ぐ人がいないのではなく、継ぐための場の設計が壊れた——棚田と教育は、同じ問いを分け持っている。
DEEPER/学術的観点から
ポランニーの暗黙知論に神経科学的な裏付けを与えたのが、ジャコモ・リゾラッティらによる1996年のミラーニューロン研究である(Neuron誌掲載)。サルの前頭葉に発見されたこのニューロン群は、他者の行為を「観察するだけで」自分が行為するかのように発火する。この発見は、共に在ることによる知の移転が比喩ではなく神経生理学的な事実であることを示した。身体が傍に在ることで脳は相手の動作を内部でシミュレートし、語ることのできない技術が移っていく。翻って現代の教育環境を見ると、スクリーン越しの学習やマニュアル化されたカリキュラムは、ミラーリングが起動する「近接性」を構造的に欠く。共育の回路を取り戻すとは、このミラーリングが生じる物理的・時間的近接を再設計することに他ならない。
KEY REFERENCE/参考文献
- Polanyi, Michael (1958). Personal Knowledge: Towards a Post-Critical Philosophy. University of Chicago Press. ↗
- Lave, Jean & Wenger, Etienne (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press. ↗
- Putnam, Robert D. (2000). Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. Simon & Schuster. ↗
- Rizzolatti, Giacomo et al. (1996). Premotor cortex and the recognition of motor actions. Cognitive Brain Research 3(2): 131-141. ↗
- 田中輝美 (2021). 関係人口の社会学——人口減少時代の地域再生. 大阪大学出版会. ↗