QUESTION / 元の問い
「>なぜ世界最速の意思決定を誇る企業が、あえて法人格の形式にこだわるのか。 税法上のメリットだけで、この法人形態をとっているのではないか? そうだとするならば、結局は資本主義社会の「金」を第一の価値とする基準に従って動いているだけではないか?」
法人格の選択を「税の最適化」と見るだけでは、1819年にアメリカ最高裁がダートマス大学訴訟で確立した命題を見落とす。同判決でマーシャル長官は、法人を「不死の人工人格」と定義し、その意志は出資者個人の死後も継続すると宣言した。つまり法人格とは税の容器ではなく、特定の意志を時間を超えて持続させる制度装置である。世界最速を誇る企業がこの装置にこだわるとき、問われているのは誰の意志を不死にするかという問いだ。
経営学者ジェームズ・マーチは1958年の『組織論』でサイモンとともに、組織とは個人の認知限界を補う「意思決定の構造化装置」だと論じた。法人格はその構造に法的実体を与え、内部の権力配分をルールとして外部に宣言する機能を持つ。合同会社が資本比率ではなく定款で権限を書き換えられるのは、この宣言内容そのものが変わるからだ。税メリットは結果であり、形式の選択は「いかなる意志を構造化するか」という根本命題への回答である。経済合理性は動機の一部に過ぎない。
日本の「家(いえ)」制度の研究で知られる社会学者の有賀喜左衛門は、組織の永続性は資産の継承ではなく「志の継承」によって担保されると1939年に論じた。この視点に立てば、法人形式の選択は資本主義の論理への服従ではなく、その論理の内側で別の価値序列を制度として刻む行為だと読める。では、あなたが今選ぼうとしている法人の器には、誰の志が、どの時制まで書き込まれているだろうか。
DEEPER/学術的観点から
1819年のダートマス大学訴訟判決は、法人格の哲学的含意を最も鮮明に示す歴史的瞬間である。ジョン・マーシャル最高裁長官は多数意見の中で、法人を「人工の、目に見えない、触れることのできない、法の思慮の中にのみ存在する存在」と描写した。この定義が後世に与えた影響は大きく、20世紀の制度経済学者ジョン・コモンズは1934年の『制度経済学』において、法人格とは「将来の期待を現在の行為に結びつける制度的橋」と再解釈した。さらに哲学者ジョン・デューイは1926年の論考「法人の自然な過程の探究(Are States of Mind?)」で、法人は個人の意志の集積ではなく、独立した意志主体として機能すると論じた。これら三者を重ねると、法人格の選択は税制上の器の選択ではなく、どのような意志主体を世界に召喚するかという存在論的決断として浮かび上がる。
KEY REFERENCE/参考文献
- John Marshall (U.S. Supreme Court) (1819). Trustees of Dartmouth College v. Woodward, 17 U.S. (4 Wheat.) 518 ↗
- James G. March & Herbert A. Simon (1958). Organizations. Wiley, New York. ↗
- John R. Commons (1934). Institutional Economics: Its Place in Political Economy. Macmillan, New York. ↗
- John Dewey (1926). The Historic Background of Corporate Legal Personality. Yale Law Journal 35(6): 655-673 ↗
- 有賀喜左衛門 (1939). 「家の構造」『社会と国家』岩波書店所収