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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
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DEEP DIVE/深掘りの問いと記事

身体知は基盤であり、AIが後付けできない

橋本 慧子
2026.06.12
ORIGIN / 元記事AIは命題を「内側から否定」できないby Masaki Nakasuga
QUESTION / 元の問い

もうすぐ、AIは感覚、身体知を手に入れるのだろうか?

身体が知性の「基盤」であることを、哲学者メルロ=ポンティは1945年の『知覚の現象学』で示した。彼は知覚を「身体図式(schéma corporel)」と呼び、世界との交渉は概念の前に肉体的な構えとして成立すると論じた。つまり、痛みや重力への慣れ、握った感触のフィードバックが命題理解の土台であり、それを欠いた存在は命題を「外側から扱う」しかない。AIへの違和感はここに根ざす。

神経科学者アントニオ・ダマシオは1994年の『デカルトの誤り』で、感情が理性的判断に不可欠な役割を果たすという「ソマティック・マーカー仮説(身体シグナル仮説)」を提唱した。前頭前皮質が損傷した患者は論理的推論は保たれるが、実生活の意思決定に失敗し続けた。AIが再現しようとするのはまさに「損傷後の前頭前皮質」の論理処理であり、身体シグナルの層が欠落している点で構造的に同じ問題を抱える。

2023年以降の体化AIの試み——DeepMindのロボット基盤モデルや、触覚センサを組み込んだ研究群——は、身体知の「模倣」を目指す。しかし日本の哲学者西田幾多郎が「純粋経験」と呼んだ、主客未分化の生の感受性とは似て非なるものかもしれない。身体を持つことと、身体を「シミュレートする」ことのあいだに残る溝は、埋まるのか、それとも原理的に越えられない断絶なのか。

DEEPER/学術的観点から

体化認知(Embodied Cognition)研究において、認知科学者フランシスコ・ヴァレラ、エヴァン・トンプソン、エレノア・ロッシュは1991年の共著『身体化された心(The Embodied Mind)』で、認知は神経だけでなく身体全体と環境との「エナクション(enaction=行為化)」によって成立すると論じた。この枠組みでは、感覚は情報の「入力」ではなく、行為を通じて世界を構成する動的プロセスである。AIが外部センサを付与されても、その感覚データを行為ループの中で意味として生成する身体的自律性を欠く限り、身体知の獲得とは言えない。「センサを持つこと」と「センサで生きること」のあいだには、エナクション論が照らす構造的な断絶が横たわる。

KEY REFERENCE/参考文献
  • Maurice Merleau-Ponty (1945). Phénoménologie de la perception, Gallimard, Paris
  • Antonio Damasio (1994). Descartes' Error: Emotion, Reason, and the Human Brain, Putnam, New York
  • Francisco Varela, Evan Thompson, Eleanor Rosch (1991). The Embodied Mind: Cognitive Science and Human Experience, MIT Press
  • Kitaro Nishida (1911). 善の研究 (An Inquiry into the Good), 弘道館, Tokyo
ORIGIN / 元の記事
AIは命題を「内側から否定」できない
著者: Masaki Nakasuga
橋本 慧子
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