QUESTION / 元の問い
「大企業と中小企業とスタートアップ、サービス業と接客業と製造業、それぞれの企業の立ち位置によって、上司と部下のありようが異なる。 日本の企業の99%以上が中小規模で、かつ接客業といわれるなか、必ずしも評価制度が浸透していない・機能していない企業も多い。 上司として部下の成長を支援する伴走者でありたい。でも、その部下が上司や会社と同じ方向を向いていなければ、どうだろう。人材が足りないから、能力や意欲が足りないと思ってもその人材を登用し続けなければならない。 中小企業にとっての人材育成のモデルが知りたい。」
摩擦こそが学習の媒質である、と組織学習論の祖アーギリス(Chris Argyris)は1978年の著作『組織学習』で示した。彼が「ダブル・ループ学習」と呼ぶ回路は、目標の達成ではなく目標の前提そのものを問い直す思考様式であり、中小企業が慢性的に抱える「方向が揃わない人材」はむしろその摩擦を内包している。評価制度の欠如は欠損ではなく、ダブル・ループが起動しやすい地盤でもある。問いを封じる精緻な評価体系より、問いを育む粗い現場の方が、自律を育てる土壌に近い。
人類学者ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーは1991年、「正統的周辺参加(legitimate peripheral participation)」という概念を提唱した。熟練が中心にあり、新参者は周辺から関与しながら共同体へ滲み込んでいく学習モデルである。接客業・サービス業の現場ではこの構造が自然に発生する。上司と部下が「同じ方向を向く」必要はなく、共同体の実践そのものに浅く深く関与する層が重なることで、組織は弾性を持つ。方向の不一致はむしろ周辺参加者が持ち込む「異物」であり、共同体の免疫を鍛える素材になりうる。
経営学者カール・ワイク(Karl Weick)は1995年、「センスメイキング(sense-making)」として、組織とは共同で意味を事後的に構成し続けるプロセスだと論じた。日本の中小企業における「なんとなく続いてきた現場」は、成文化されていないセンスメイキングの積み重ねである。伴走者としての上司に求められるのは、方向を揃えることではなく、異なる解釈が対話できる場を維持することではないか。同じ方向を向かない部下は、次の問いの源泉かもしれない。
DEEPER/学術的観点から
アーギリスとショーン(Donald Schön)が1978年に提示したダブル・ループ学習の核心は「支配的変数(governing variables)」の書き換えにある。シングル・ループが「目標に対してどう行動を修正するか」を問うのに対し、ダブル・ループは「その目標設定自体が正しいか」を問う。中小企業の評価制度の未整備は、しばしばシングル・ループを強制するKPI体系の不在を意味し、逆説的にダブル・ループを起動する余白を保っている。ウェンガーは2002年の著作『コミュニティ・オブ・プラクティス』でこの余白を「実践の余白(margins of practice)」と呼び、周辺参加者が非公式に問いを育てる場として評価した。日本の中小企業研究では、中小企業庁の2023年度白書も「OJTの非形式性が技能継承の主経路である」と記録しており、制度の未整備を欠陥ではなく固有の学習文化として読み直す視座が求められている。
KEY REFERENCE/参考文献
- Argyris, C. & Schön, D. (1978). Organizational Learning: A Theory of Action Perspective, Addison-Wesley ↗
- Lave, J. & Wenger, E. (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press ↗
- Weick, K. E. (1995). Sensemaking in Organizations, Sage Publications ↗
- Wenger, E. (2002). Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity, Cambridge University Press ↗
- 中小企業庁 (2023). 2023年版中小企業白書・小規模企業白書, 経済産業省 ↗