QUESTION / 元の問い
「経済も社会も、人が共同で作り上げてきたシステムであり、今後も変化し続けるものとして考えるのが妥当だと思った。その変化において、近年多くのことが明らかとなってきている、生態学、生命科学の知見が、より機能するシステムの在り方を示唆しているのではないかと思った。 現在の市場経済と、生態系や細胞内のシステムを比較した際に、どのような点が似ており、どのような点に大きな違いがあるのか、情報のやり取り、モノのやり取り、エネルギーもやり取りなどの観点から、探り出すことができないだろうか?」
経済システムと生態系の比較において最も切れ味鋭い観点は、「情報処理の様式」である。1973年、生態学者ハワード・オダムは著書『エネルギー・生態・経済』で、生態系のエネルギー流は常に情報フィードバックとセットで循環すると論じた。細胞内シグナル伝達でも同様で、受容体が濃度勾配を即時に読み取り、過不足なく応答を返す。情報とエネルギーと物質の三者が不可分に絡み合うこの仕組みを、オダムは「エムエルジー(emergy)」という指標で統合しようとした。市場経済の価格シグナルも一見これに似るが、根本的な差異はフィードバックの遅延と非対称性にある。
生態系では、情報・物質・エネルギーの循環は原則として「ループ閉鎖型」である。落葉は土壌菌に分解され、栄養塩は植物へ戻る。経済学者ハーマン・デイリーは1996年の著作で、市場経済はこの閉鎖ループを持たない「スループット経済」であり、エントロピー(散逸・無秩序化)を外部に押し付けることで成立していると鋭く批判した。細胞が廃棄物をATPへ再変換するオートファジー(自食作用)に相当する機構が、現行の市場には欠如している。この非対称が、弱さ——廃棄・排除される側——を不可視にする設計原理と重なる。
日本の生態学者今西錦司は1941年に「棲み分け理論」を提唱し、競争ではなく場の分有こそが生態系の安定を支えると論じた。競争圧力を最大化する市場の論理とは根本的に異なるこの視座は、情報・物質・エネルギーを「奪い合う」のではなく「分け合う」回路設計が可能かどうかという問いを現代に差し出す。経済システムは生態系を模倣できるのか、それとも模倣の試みそのものが新たな弱者を生むのだろうか。
DEEPER/学術的観点から
オダムが提唱したエマジー(emergy)概念は、エネルギーの「質」と「量」を統合する単位である。太陽エネルギーを基準に、石炭・労働・情報を同一尺度で比較しようとした1983年の著作『Systems Ecology』はとりわけ重要で、GDPが価格を通じてのみ経済活動を測るのに対し、エマジーは物質・エネルギー・情報の実際のフローを物理的に評価する。この枠組みで現行市場を測定すると、情報コスト(広告・金融操作・特許)が物質コストを大幅に上回るという逆転が観測される。生態系では情報(DNA・フェロモン・神経信号)は物質・エネルギーの流れを最小化するために機能するが、市場経済では情報それ自体が利潤の源泉となり、物質・エネルギーフローの肥大化を招く。この構造差こそ、両システムの根本的な分岐点である。
KEY REFERENCE/参考文献
- Howard T. Odum (1971). Environment, Power, and Society. Wiley-Interscience
- Howard T. Odum (1983). Systems Ecology: An Introduction. Wiley
- Herman E. Daly (1996). Beyond Growth: The Economics of Sustainable Development. Beacon Press
- 今西錦司 (1941). 「生物社会の論理」中央公論社(後に『今西錦司全集』第1巻に収録)
- Yoshinori Ohsumi (2016). Nobel Lecture: Autophagy — an intracellular recycling system. Nobel Prize Outreach ↗