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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

見守られた記憶は、良心にどうつながるのか

泣き声に応えて近づいてきた大人と、乳児の目が合う。保育の場でありふれたそんな瞬間に、何が子どもの内側に残るのだろうか。抱き上げられるまでのわずかな時間、その視線が温かいものであるか、義務をこなすだけのものであるかを、乳児はまだ言葉を持たないまま受け取っている。そしてその積み重なりが、何十年も後に「お天道様に顔向けできない」という感覚として浮かびあがるとしたら。見守りと監視は、どこで分かれるのか。その問いは、乳児と養育者のあいだで交わされる視線の質にまで遡ることができる。

三原重央
2026.10.24READ 8 MIN

泣き声に応えて近づいてきた大人と、乳児の目が合う。保育の場でありふれたそんな瞬間に、何が子どもの内側に残るのだろうか。抱き上げられるまでのわずかな時間、その視線が温かいものであるか、義務をこなすだけのものであるかを、乳児はまだ言葉を持たないまま受け取っている。そしてその積み重なりが、何十年も後に「お天道様に顔向けできない」という感覚として浮かびあがるとしたら。見守りと監視は、どこで分かれるのか。その問いは、乳児と養育者のあいだで交わされる視線の質にまで遡ることができる。

「お天道様が見ている」という言葉を、幼いころに聞いたことがある人は多いだろう。誰も見ていなくても、天は見ている。だからこそ恥ずかしいことをするな、という戒めである。この感覚は、儒教の天道思想や民間の太陽信仰などが長い時間をかけて重なり合って育ったものと考えられており、一つの思想に還元できるものではない。ただ共通しているのは、「見られる」という経験が倫理の基盤になるという直観である。問いはここから始まる。その「見られる」感覚は、いつ、どのようにして人の内側に根づくのか。

フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスは1961年の著作『全体性と無限』のなかで、他者の「顔」が持つ倫理的な力を論じた。他者の顔は、力によってではなく「殺すなかれ」と訴えかけ、私に応答を迫るものだとレヴィナスは言う。その顔は傷つきやすい他者の顔であり、見つめ合う対等な関係ではない。「顔向けできる」という日本語の感覚との重なりは、思想上の系譜ではなく筆者の類比として受け取ってほしいが、「顔」という言葉が倫理の場に召喚されるとき、見る・見られるという関係が道徳の核心に触れることは確かである。

発達心理学者メアリー・エインズワースは1978年の研究で、養育者が乳児のシグナルに適時・適切に応答する「応答性」の質が、子の内的作業モデル(Internal Working Model)の形成に深く関わることを示した。内的作業モデルとは、自己・他者・世界への基本的な信頼の鋳型である。温かく応答的に見守られた乳児は「自分は応えてもらえる存在だ」という自己像を育てる。この像が、後年の「見られていても恥ずかしくない自分でいたい」という感覚の土台になるという仮説は、発達研究の知見と整合する。

ただし、見守りはつねに安心を生むわけではない。臨床心理学者ジューン・プライス・タングニーの研究は、恥(shame)と罪悪感(guilt)を実証的に区別した。恥は自己全体の否定感と他者視線への過敏さに結びつき、罪悪感は特定の行為への後悔と修復動機に結びつく。監視的な視線のもとで育つ子どもは、恥の感受性が過剰になる可能性が考えられる。お天道様の眼差しが健全な倫理的自己調整として機能するか、病理的な監視感覚に転化するかは、乳幼児期にどのような質の視線を受けてきたかと無関係ではないだろう。

保育の5領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)は、到達目標の積み上げ階段として読まれることが多い。しかしジェローム・ブルーナーのらせん型カリキュラム論を補助線にすれば、5領域もらせんとして読めるのではないかという問いが立つ。「身近な人と気持ちが通じ合う」という0歳児の経験は、5領域すべての根底に流れる通奏低音である。人間関係の領域で育まれた応答の感覚は、言葉や表現の領域を通じて深化し、再び人間関係へと戻ってくる。倫理的感受性もまた、このらせんのなかで少しずつ形をとっていくものかもしれない。

「お天道様に顔向けできる」という感覚には、顔がない。太陽は目を合わせてくれない。それでも人はその眼差しを感じる。その感覚は、乳児期に養育者の顔から受け取った無数の応答の記憶が、やがて内面化された他者として定着したものではないか。見守りとは、顔を持った他者が、応答可能な距離にいることである。監視は、その顔を消す。顔のないお天道様が温かく感じられるとしたら、それはかつて顔のある誰かに、確かに見守られた記憶があるからなのかもしれない。

DEEPER 学術的な観点で深めると

1979年、エジンバラ大学のコルウィン・トレヴァーセンは、生後2〜3ヶ月の乳児と養育者のあいだで、表情や声のやりとりが会話のように交互に進む様子を記述し、これを「一次的間主観性」と呼んだ。言葉を持つ前から、乳児はすでに他者との応答関係のなかにいる。一方、ジューン・プライス・タングニーらは、恥と罪悪感を区別し、両者が異なる行動傾向と結びつくことを示してきた。本稿は、こうした発達研究と道徳感情研究を手がかりに見守りと監視の違いを考える試みであり、乳児期の経験と大人の良心を結ぶ因果関係が実証されているわけではない。

SIGNAL 01

エインズワースらの縦断研究では、生後12ヶ月時点での安定型アタッチメントを示した乳児の約65〜70%が、その後の社会的適応において良好な指標を示した。応答的な養育の質が内的作業モデルに与える影響の大きさを示す知見である。(Ainsworth et al., 1978, *Patterns of Attachment*, Erlbaum)

SIGNAL 02

タングニーらの研究では、恥傾向(shame-proneness)の高い成人は罪悪感傾向の高い成人に比べて、怒りの外在化・共感の低下・対人回避が有意に多いことが示された。他者視線への過敏さが倫理的行動を阻害するという逆説を示す。(Tangney & Dearing, 2002, *Shame and Guilt*, Guilford Press)

SIGNAL 03

トレヴァーセンの観察研究では、生後6〜8週の乳児がすでに養育者の発声・表情・身体動作に時間的に同期した応答を示すことが記録された。この「プロトコンバセーション」は、倫理的応答性の神経発達的起点として現在も参照される。(Trevarthen, 1979, *Behavioral and Brain Sciences*, 2(4): 580–581)

SIGNAL 04

Wass et al.(2020)のレビューは、養育者と乳児の視線同期(gaze synchrony)が生後4〜6ヶ月で最大化し、その後の社会的認知発達の予測因子となることを示した。見守りの「質」が測定可能な発達指標に結びつく。(Wass et al., 2020, *Trends in Cognitive Sciences*, 24(4): 329–342)

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Ainsworth, M. D. S., Blehar, M. C., Waters, E., & Wall, S. (1978). *Patterns of Attachment: A Psychological Study of the Strange Situation*. Erlbaum. アタッチメントの類型と養育者の応答性を体系化した発達心理学の基礎文献。
  • Trevarthen, C. (1979). "Communication and cooperation in early infancy: A description of primary intersubjectivity." In M. Bullowa (Ed.), *Before Speech: The Beginning of Interpersonal Communication*. Cambridge University Press. 生後2〜3ヶ月の乳児における原初的間主観性(プロトコンバセーション)を記述した発達神経心理学の古典。
  • Wass, S. V., Whitehorn, M., Marriott Haresign, I., Phillips, E., & Leong, V. (2020). "Parental neural responsivity to infants' visual attention: how mature brains scaffold immature brains during social interaction." *PLOS Biology*, 18(1): e3000594. DOI: 10.1371/journal.pbio.3000594 / 養育者と乳児の神経同期を計測し、視線応答が乳児の社会的認知発達を支える仕組みを示した実証研究。
  • Tangney, J. P., Stuewig, J., & Mashek, D. J. (2007). "Moral emotions and moral behavior." *Annual Review of Psychology*, 58: 345–372. DOI: 10.1146/annurev.psych.56.091103.070145 / 恥・罪悪感・共感などの道徳的感情が倫理的行動に与える影響を包括的に整理した統合レビュー。
  • Lévinas, E. (1961). *Totalité et Infini: Essai sur l'extériorité*. Martinus Nijhoff.(邦訳:レヴィナス『全体性と無限』熊野純彦訳、岩波書店、2005年) 他者の「顔」が持つ応答責任の呼びかけとしての倫理的力を論じた現象学の古典。
  • Bruner, J. S. (1960). *The Process of Education*. Harvard University Press. らせん型カリキュラム論を提唱した認知心理学・教育学の基礎文献。5領域のらせん的読解の補助線。
  • Feldman, R. (2007). "Parent-infant synchrony and the construction of shared timing; physiological precursors, developmental outcomes, and risk conditions." *Journal of Child Psychology and Psychiatry*, 48(3–4): 329–354. DOI: 10.1111/j.1469-7610.2006.01701.x / 養育者と乳児の生理的・行動的同期が発達リスクと保護因子に与える影響を実証した神経発達研究。
NEXT — 次の記事への示唆

「見守り」の感覚が文化によってどう異なるかという問いも面白そうです。たとえば日本の保育実践における「みまもり」概念と、西洋のアタッチメント理論が前提とする養育スタイルの差異を比較する記事を書いてみるのも良いかもしれません。

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