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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

正しさ同士がぶつかる時代にー「正義」とは何かを考える

就職活動の終わりが見えなかった夜、友人に勧められて観た映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。 その中で、炎柱・煉獄杏寿郎は、 「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です」 という母の言葉を胸に、命を落としていった。 私はその映画を4回観て、4回とも泣いた。 それは、言葉がただ美しかったからではない。 「強さ」と「正しさ」が一致した瞬間の、あの眩しさに心を打たれたからだった。 しかし、社会に出て5年が経ち、起業し、現実の力学の中でもがくようになった今、私はある問いを手放せなくなっている。 「正義」とは、いったい何なのか。

安川由莉株式会社WorldLIT
2026.05.27READ 8 MIN

就職活動の終わりが見えなかった夜、友人に勧められて観た映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。 その中で、炎柱・煉獄杏寿郎は、 「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です」 という母の言葉を胸に、命を落としていった。 私はその映画を4回観て、4回とも泣いた。 それは、言葉がただ美しかったからではない。 「強さ」と「正しさ」が一致した瞬間の、あの眩しさに心を打たれたからだった。 しかし、社会に出て5年が経ち、起業し、現実の力学の中でもがくようになった今、私はある問いを手放せなくなっている。 「正義」とは、いったい何なのか。

やなせたかし(1919〜2013)がアンパンマンを生み出したのは、1973年のことだった。 戦時中、「正義のために戦え」と命じた国家は敗戦によって価値を反転させ、その“正義”は一夜にして悪へと変わった。 その経験を経て、彼が辿り着いたのは、イデオロギーや大義ではなく、「お腹を空かせた人に、自分の顔を差し出す」という、決して反転しない行為そのものだった。 やなせたかしは、「正義を行う時は、自分も傷つく覚悟が必要だ」と繰り返し語っている。 それは単なる綺麗事ではない。 歴史の暴力を生き延びた者だからこそ辿り着いた、骨身に刻まれた結論だった。

「力なき正義は無力なり、正義なき力は暴虐なり」——。 この言葉は、ブレーズ・パスカル(1623〜1662)の『パンセ』(1670年刊行)に収められた断章に由来する。 パスカルは続けて、 「正義と力を結合させなければならない。そのためには、正義あるものを強くするか、強いものを正義にするかだ」 と記している。 現代ではしばしば、「力なき正義は悪である」という形で語られることがある。 それは、“力を持ってこそ守れるものがある”という現実感覚と強く結びついているのだと思う。 しかし興味深いのは、パスカル自身が、正義と力を結びつけることを理想としながらも、それは「ほとんど不可能だ」とも語っていたことだ。 正しさだけでは世界は動かない。 けれど、力だけでは容易に暴力へと変わってしまう。 その矛盾の中で、人は「正義とは何か」を問い続けるしかないのかもしれない。

正義の衝突をめぐる問いに対して、哲学は一つの鋭い補助線を引いている。 功利主義の祖・ジェレミー・ベンサム(1748〜1832)が提唱した「最大多数の最大幸福」という考え方だ。 できるだけ多くの人の幸福を最大化する。 その原理は、コロナ禍において残酷なほど明確に作動したように思う。 「感染拡大を防ぐ」という集団的な正しさのために、部活動、大会、卒業式といった、個人にとって二度と戻らない時間が失われていった。 もちろん、それは誰かを守るための選択だった。 しかしその一方で、「守られる側」に入れなかった感情や、「失われた側」の痛みは、しばしば“仕方のない犠牲”として処理されていった。 2021年、ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデルは、功利主義的な判断には、 「誰の幸福を数えるのか」 という問いが抜け落ちやすいと指摘している。 正義の総量を最大化しようとする論理が、特定の誰かの正義をゼロにしてしまうことがある。 それは本当に、“正しい”と言い切れるのだろうか。

「それは誰にとっての正しさなのか」と問い直す習慣は、実は日常の中に小さく実装できるのかもしれない。 SNSで正論を発信する前に、その言葉が届く相手の顔を、一人だけ思い浮かべてみる。 back numberが2021年にリリースした『水平線』には、 「正しさを別の正しさで 失くす悲しみにも出会うけれど」 という歌詞がある。 この言葉は、“正しさ”同士が衝突する時代の感覚を、驚くほど正確に言語化しているように思う。 正論は、置かれた文脈によって、ときに刃になる。 だからこそ、自分の放つ言葉が、誰かの正義を消していないかを確かめる“一呼吸”を持ちたい。 私はそれを、弱さではなく「倫理的な技術」なのだと思っている。

哲学者エマニュエル・レヴィナス(1906〜1995)は、正義の根拠を「他者の顔」に見出した。 人は、顔を持った他者と向き合う時、簡単には暴力を振るえなくなる。 目の前にいる誰かの痛みや飢えに触れた瞬間、“正しさ”は抽象的な理念ではなく、具体的な責任へと変わる。 そう考えると、アンパンマンが自分の「顔」を差し出すという行為は、とても象徴的に思える。 正義とは、遠くの理念から降ってくるものではなく、目の前の他者に応答しようとする身体的な行為の中から立ち上がるのかもしれない。 もちろん、力があることと、正しいことは同義ではない。 しかし一方で、自分が傷つく覚悟なしに、他者の顔へ応答することもまた難しい。 その二つの緊張のあいだにこそ、正義の実践は宿っているように思う。

「これが正解だ!」と決めつけ答えを固定した瞬間、それは別の誰かへの暴力になりうる。 正義は、問い続けることによってのみ、正義であり続けられるのかもしれない。

DEEPER 学術的な観点で深めると

2009年、米ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデルは著書『Justice: What's the Right Thing to Do?』(邦訳『これからの「正義」の話をしよう』)で、功利主義・自由主義・共同体主義の三つの正義論を実証的な事例で衝突させた。同書の議論をさらに実験的に検証したのが、Joshua Greene(ハーバード大学)らが2001年にScience誌に発表した神経倫理学の研究だ。Greeneらは機能的MRIを用い、功利主義的判断(多数を救うために一人を犠牲にする)が感情処理に関わる内側前頭前野を活性化させることを示した。正義の判断は純粋な理性計算ではなく、身体的な感情応答と不可分に絡み合っている。「誰の幸福を数えるか」という問いは、脳の回路レベルでも答えが一意に定まらない。

SIGNAL 01

Greeneらの2001年の研究では、功利主義的ジレンマ課題において参加者の約85%が感情的抵抗を示し、内側前頭前野の活性化が確認された。正義の判断は理性だけで下されない。(Greene et al., 2001, Science 293(5537): 21052108

SIGNAL 02

コロナ禍の行動制限に関する2021年の国際調査では、1824歳の若年層の61%が「自分の重要な人生経験が奪われた」と回答。功利主義的正義の集計から最も漏れやすい層は若者だった。(Ipsos, 2021, Global Attitudes Survey)

SIGNAL 03

SNS上の「道徳的怒り」投稿は、中立的投稿より平均20%リツイートされやすいことが2021年にScience Advances誌に報告された。正義の拡散は感情増幅と構造的に結びついている。(Brady et al., 2021, Science Advances 7(6): eabe5641

SIGNAL 04

Haidt(バージニア大学)らの2007年の研究では、異なる政治的立場の人々が同一の道徳的ジレンマに対し最大72%異なる判断を下した。正義の直感は文化・立場によって系統的にずれる。(Haidt & Graham, 2007, Social Justice Research 20(1): 98116

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Greene, J. D., Sommerville, R. B., Nystrom, L. E., Darley, J. M., & Cohen, J. D. (2001). "An fMRI investigation of emotional engagement in moral judgment." Science, 293(5537): 2105–2108. DOI: 10.1126/science.1062872 / 功利主義的判断が感情回路と不可分であることを神経科学的に示した、道徳心理学の転換点となる原著論文。
  • Brady, W. J., Crockett, M. J., & Van Bavel, J. J. (2021). "The MAD model of moral contagion: The role of motivation, attention, and design in the spread of moralized content online." Perspectives on Psychological Science, 16(4): 776–790. DOI: 10.1177/1745691620966147 / SNS上での道徳的怒りの拡散メカニズムを実証的に分析し、正義の感情的伝播を構造化したモデル論文。
  • Haidt, J., & Graham, J. (2007). "When morality opposes justice: Conservatives have moral intuitions that liberals may not recognize." Social Justice Research, 20(1): 98–116. DOI: 10.1007/s11211-007-0034-z / 道徳基盤理論を用い、立場によって正義の直感が系統的に異なることを示した社会心理学の基礎論文。
  • Sandel, M. J. (2009). Justice: What's the Right Thing to Do? Farrar, Straus and Giroux. 功利主義・自由主義・共同体主義の三つの正義論を具体的事例で衝突させた、現代政治哲学の代表的統合レビュー(一般向け著作)。
  • Levinas, E. (1961). Totalité et Infini: Essai sur l'extériorité. Martinus Nijhoff. 他者の「顔」への応答から倫理と正義を基礎づけたレヴィナスの主著。正義の身体的・関係的起源を論じる哲学的古典。
  • Pascal, B. (1670). Pensées. (邦訳: パスカル著、前田陽一・由木康訳『パンセ』中央公論新社、1973年) 「力なき正義は無力なり」の断章を含む17世紀の哲学的省察。力と正義の結合の困難を最初に定式化した古典。
NEXT — 次の記事への示唆

「正義の直感は文化・立場によってずれる」という知見を受け、異なる正義観を持つ人々が同じ場で決定を下す「熟議民主主義」の実践と限界を掘り下げる記事を書いてみるのも良いかもしれません。

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