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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

異なる「現実」を生きる人々は、どう共存できるのか

誰かの投稿を見て、静かに画面をスクロールしたことはないでしょうか。反論したいわけでも、賛同したいわけでもない。ただ、何かを言えば面倒なことになる、という予感だけがある。日本では、職場でも家族の食卓でも、政治や社会について語ることは長らく「空気を読まない行為」とされてきました。沈黙は礼儀であり、対立は失礼であるという文化的圧力が、分断をゆっくりと、しかし確実に見えにくくしてきた。見えにくい分断は、解決されないまま積み重なります。この静けさの中に、社会の何が起きているのかを、人類学と社会科学の交差点から問い直してみます。

八木橋パチ日本アイ・ビー・エム株式会社
2026.09.04READ 8 MIN

誰かの投稿を見て、静かに画面をスクロールしたことはないでしょうか。反論したいわけでも、賛同したいわけでもない。ただ、何かを言えば面倒なことになる、という予感だけがある。日本では、職場でも家族の食卓でも、政治や社会について語ることは長らく「空気を読まない行為」とされてきました。沈黙は礼儀であり、対立は失礼であるという文化的圧力が、分断をゆっくりと、しかし確実に見えにくくしてきた。見えにくい分断は、解決されないまま積み重なります。この静けさの中に、社会の何が起きているのかを、人類学と社会科学の交差点から問い直してみます。

近所の商店街が閉まり、農村から若者が消え、地方都市の中心部にシャッターが増える。この風景を「過疎化」と呼ぶとき、私たちはそれを経済的な現象として処理しがちです。しかし、こうした周縁化のプロセスは、歴史の表舞台から排除され、語る機会を奪われた人々の存在を見えにくくする過程でもあります。地域の衰退は単なる経済問題ではなく、ある集団の語りが別の集団の語りによって覆い隠される過程でもあるのです。日本における地方と都市の分断も、この視点から読み解けば、経済格差の問題である以前に、誰の現実が「本当の現実」として扱われるのかをめぐる問題だと捉えられます。

文化的対立は、単純に異なる価値観がぶつかることではなく、異なる意味体系が交差する場として捉えることができます。たとえば、人類学者のマーシャル・サーリンズが1985年の『歴史の島々』で発表したハワイ先住民とヨーロッパ人の接触も、単純な「文明対野蛮」の衝突ではなく、それぞれの宇宙論や世界観が交差した出来事として理解できます。この視点を現代社会の分断に当てはめると、保守とリベラルの対立や、都市と地方の乖離は、どちらか一方が間違っているというよりも、異なる意味の地図を持つ人々が、同じ現実を異なる言葉で記述している状態だと考えられます。分断を「失敗」と嘆く前に、そもそも何と何が衝突しているのかを問う必要があります。

社会心理学者のジョナサン・ハイト(米バージニア大学)は、2012年の著作『社会はなぜ左と右にわかれるのか: 対立を超えるための道徳心理学』で、道徳基盤理論を提唱しました。人間の道徳的直観は、「ケア・公正・忠誠・権威・神聖・自由」といった複数の基盤から成り、保守とリベラルでは、それぞれの基盤に対する感受性の強さが異なるとされます。重要なのは、これは単純な論理の違いではなく、何を道徳的に重要だと感じるかという直観の違いでもあるという点です。議論によって相手を説得できないのは、相手が愚かだからとは限りません。そもそも異なる道徳的直観の上に立っている可能性があるからです。「話し合えば分かる」という前提そのものが、ここでは問い直されます。

では、分断は縮まらないのでしょうか。民主主義において重要なのは、対立そのものをなくすことではなく、対立がどのような形で表れるかです。すべての人が「合理的な合意」に到達することを目指すのではなく、意見の違いを抱えたまま、それぞれの立場を正当に主張できる場をつくることが求められます。「敵(enemy)」との戦いではなく、「敵対者(adversary)」との競争へ――。相手を排除すべき敵ではなく、正当な異議を持つ者として認めながら争うこと。それは分断そのものを修復するというより、対立したまま共存するための技法です。まずは、意見の異なる人の話を「論破すべき主張」ではなく、「別の地図の描き方」として聴いてみることから始めてもよいでしょう。

集団間の競争は、人類の歴史において、内集団への協力と外集団への警戒や敵対を同時に促してきたと考えられています。分断を生み出す傾向には、一定の進化的背景があるのです。しかし同時に、文化や制度によって、その傾向を緩和できることも重要です。民主化後の社会では、制度への信頼が失われると分断が深まりやすい一方、市民的な対話の場が制度的に支えられることで、対立を「共存可能な競争」へと変えていく可能性があります。制度設計には、対立を増幅するだけでなく、それを制御し、共存のための条件を整える力もあるのです。

分断のない社会は、おそらく存在したことがありません。問うべきなのは、「分断をゼロにできるか」ではなく、「どの程度の分断なら共存が可能なのか」ということです。沈黙によって分断を見えなくすることは、解決ではなく、問題の蓄積につながります。 異なる意味の地図を持つ者どうしが、相手を敵ではなく異議を申し立てる者として認める場。その場を設計することが、いまの社会に求められているのではないでしょうか。 分断は、必ずしも社会の失敗を意味しません。それは、社会が複数の現実を抱えながら生きていることの表れでもあります。その複数性を直視し、対立をなくすのではなく、対立したまま共存できる条件を考えること。そこから、共存への道筋が始まります。

DEEPER 学術的な観点で深めると

2006年、米サンタフェ研究所のサミュエル・ボウルズはScience誌に「集団間競合・繁殖平準化・人間の利他性の進化」を発表し、人類の分断傾向が内集団協力の進化的コストとして生まれたことを行動経済学と進化生物学の両面から実証した。驚くべきは、同論文が「本能は制度によって緩和可能だ」という結論を同時に導いていることです。工学的視点からは、2023年にGuessらがScience誌に発表したFacebook大規模実験が補完します。アルゴリズムの変更(同質コンテンツの抑制)は政治的態度を有意には変えなかったが、情報接触の多様性は増加した。分断の根は認知の外側——制度と設計の両層にあります。

SIGNAL 01

ポーランドでは20152023年の間に司法・メディアへの政府介入が進み、Eurobarometer調査で「民主主義への満足度」が EU 平均比 22 ポイント低下。制度信頼の崩壊が分断を加速する経路を示す事例。(Eurobarometer 2023, European Commission)

SIGNAL 02

Guess et al. 2023 がScience誌に報告したFacebook実験(約23千人)では、アルゴリズム変更後も政治的態度の変化は有意でなかった(効果量 d < 0.02)。情報環境の修正だけでは分断は解消しない。(Guess et al., 2023, Science 381(6656): eabp9364

SIGNAL 03

ハイトらの道徳基盤調査(約13万人、27カ国)では、リベラルは「ケア・公正」基盤に偏重し、保守は六基盤をより均等に重視する差異が文化横断的に確認された。(Graham et al., 2011, J Pers Soc Psychol 101(2): 366385

SIGNAL 04

ブラジルの市民参加型予算制度(ポルトアレグレ市)を分析した研究では、熟議プロセスへの参加経験が異なる所得層間の相互信頼を有意に高めることが示された。(Baiocchi, 2003, Politics & Society 31(1): 4374

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Bowles, S. (2006). "Group Competition, Reproductive Leveling, and the Evolution of Human Altruism." Science, 314(5805): 1569–1572. DOI: 10.1126/science.1134829 / 集団間競合が内集団協力と外集団敵対を同時に進化させたことを示す行動経済学・進化生物学の原著。分断の生物学的基盤と文化的緩和可能性を同時に論じる。
  • Guess, A. M., Malhotra, N., Pan, J., Barberá, P., Allcott, H., Brown, T., Crespo-Tenorio, A., Dimmery, D., Freelon, D., Gentzkow, M., González-Bailón, S., Kennedy, E., Lynch, M., Messing, S., Nyhan, B., Settle, J., Thomas, E., Thorson, E., Tromble, R., Wilkins, A. S., Wohlfarth, M., & Tucker, J. A. (2023). "How do Facebook algorithm changes affect news exposure?" Science, 381(6656): eabp9364. DOI: 10.1126/science.abp9364 / Facebookアルゴリズム変更の大規模実験。情報接触多様性は増加したが政治的態度への影響は限定的であることを実証し、プラットフォーム設計の限界と可能性を示す。
  • Graham, J., Nosek, B. A., Haidt, J., Iyer, R., Koleva, S., & Ditto, P. H. (2011). "Mapping the moral domain." Journal of Personality and Social Psychology, 101(2): 366–385. DOI: 10.1037/a0021847 / 27カ国13万人超の調査で道徳基盤の文化横断的差異を実証。保守・リベラルの価値観の根源的相違が感情的直観に由来することを示す。
  • Mouffe, C. (2000). The Democratic Paradox. Verso. 熟議民主主義の合理的合意モデルを批判し、敵対性(antagonism)を民主主義に内在するものとして肯定する「闘技的多元主義」を提示した政治哲学の核心著作。
  • Sahlins, M. (1985). Islands of History. University of Chicago Press. 文化的対立を「異なる意味体系の衝突の場」として読み解く人類学的視座を提供。分断を失敗ではなく意味の競合として捉え直す本エッセイの人文学的基盤。
  • Wolf, E. R. (1982). Europe and the People Without History. University of California Press. 周縁化された人々の語りが主流の歴史叙述に覆い隠される過程を分析。地方と都市の分断を「誰の現実が本物とされるか」という問いとして読み直す視点を与える。
  • Baiocchi, G. (2003). "Emergent Public Spheres: Talking Politics in Participatory Governance." American Sociological Review, 68(1): 52–74. DOI: 10.2307/3088902 / ブラジル・ポルトアレグレの参加型予算制度を分析し、熟議プロセスへの参加が集団間信頼を高める条件を実証した社会科学の原著。
NEXT — 次の記事への示唆

「沈黙が礼儀である」という日本的規範そのものが、どのように形成され、どのような機能を果たしてきたのか——社会言語学や歴史社会学の視点からその起源を問い直す記事も面白そうです。

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