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NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
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RITE ESSAY/メンバーの記事

発見を「ただの無知」と切り捨ててしまう世の中への抗い

研究発表の後、先輩に言われた一言がある。「それは発見じゃなくて、知らなかっただけだよ」。自分が感じた驚きは本物だったはずなのに、「情報にたどり着けなかった怠惰」だったなんて、しばらく理解できずに、意地悪な先輩だな、とその場をやり過ごしてしまった。でも、ふと立ち止まって考える。情報を持っていなかったことは、だから発見ではないのだろうか?研究の世界だとその理屈はわかってしまう。しかし、自らの固定観念を打ち破り、問いそのものに初めて触れたように感じられたことは、本当に発見とは呼べないことなのだろうか。「知らなかったこと」と「不思議なこと」を明確に区別して片付けることで、何かが失われていないだろうか。この問いこそ、学術知の光に当ててみたい。

にった
2026.06.06READ 8 MIN

研究発表の後、先輩に言われた一言がある。「それは発見じゃなくて、知らなかっただけだよ」。自分が感じた驚きは本物だったはずなのに、「情報にたどり着けなかった怠惰」だったなんて、しばらく理解できずに、意地悪な先輩だな、とその場をやり過ごしてしまった。でも、ふと立ち止まって考える。情報を持っていなかったことは、だから発見ではないのだろうか?研究の世界だとその理屈はわかってしまう。しかし、自らの固定観念を打ち破り、問いそのものに初めて触れたように感じられたことは、本当に発見とは呼べないことなのだろうか。「知らなかったこと」と「不思議なこと」を明確に区別して片付けることで、何かが失われていないだろうか。この問いこそ、学術知の光に当ててみたい。

自分にとって世界が一瞬変わったように感じた発見が、他の人にとっては真新しくも何ともなく、「いまさら気づいたの?」と、想像とは違う反応を受けたときの感じ。あの感覚は、みな一度くらいは経験したことがあるはずだ。先行研究の一行で「既知」と処理される瞬間。その落差は、単なる情報不足の露呈として片付けられる。しかし「知らなかっただけ」という言葉には、暗黙の前提が潜んでいる——問いを持つことと情報を持つことは同じだ、という前提だ。その前提こそを、まず疑ってみる必要がある。

ソクラテスが「無知の知」を語ったのは、情報不足の告白ではなかった。それはアポリア——問いに行き詰まり、概念的な困惑の縁に立つ体験——の表明だった。古代ギリシャから近代科学に至るまで、「わからない」は探究の出発点として制度的に価値づけられてきた。転換が起きたのは近代以降だ。印刷技術と情報流通の加速とともに、「知らない=怠惰」という等式が文化的に定着し、二種類の無知が同一視されるようになった。無知は欠如であり、補完すべき状態だという観念が広まった。

ガストン・バシュラール(フランスの科学哲学者、1884–1962)は1938年の主著『科学的精神の形成』で、驚くべき命題を提示した。科学的発見を阻む最大の障害は情報の欠如ではなく、すでに「わかった気」になっている直観的知識だ、と。彼はこれを「認識論的障害(obstacle épistémologique)」と呼んだ。よく知っている人ほど新しい問いを立てにくい——この逆説は、「知らなかっただけ」という批判が逆に、問いを持てない者の側の障害を映し出している可能性を示唆する。エドムント・フッサールの「地平(Horizont)」概念と接続すれば、「わからない」とはその地平の縁に触れる体験であり、知の可能性の境界に立つことでもある。

では、日常の思考の中でこの区別を実践するにはどうすればいいか。一つの習慣を提案したい。「わからない」に出会ったとき、それを二種類に書き分けるノートをつけてみてほしい。①検索すれば消える「知らない」と、②問いの輪郭すら定まらない「わからない」とを、別の欄に記す。科学哲学者N・R・ハンソン(ケンブリッジ大学、1924–1967)が論じた「観察の理論負荷性」によれば、何を「見る」かはすでに概念的枠組みに依存している。「わからない」を言語化しようとする行為そのものが、枠組みを組み替える仮説形成——アブダクション——の入口になる。書くことで問いは生まれ、問いは問いを呼ぶ。

「それは知らなかっただけ」という言葉は、認識論的判断であると同時に、権力的な位置づけ行為でもある。ロバート・プロクター(スタンフォード大学科学史教授)が提唱した「アグノトロジー(agnotology)」——無知の社会的生産・配分を研究する学問——は、無知が受動的な欠如ではなく、制度的・社会的に能動的に生産されることを示す。誰の問いが「発見」と認定され、誰の問いが「無知の露呈」とされるかは、純粋に認識論的な問題ではない。マイケル・ポランニー(英国の科学哲学者、1891–1976)の暗黙知論が示すように、知識は命題として流通する前に個人の体験的把握を経る。個人の発見的体験は集合知の劣位ではなく、地平を組み替える入口だ。

「知らなかっただけ」と言われた瞬間こそ、相手が問いを持っていないことの証かもしれない。情報を持つことと問いを持つことは、別の能力だ。「わからない」を抱え続けることは知的怠惰ではなく、地平の縁に立ち続ける誠実さである。発見とは情報格差の解消ではなく、問いの誕生だ。

DEEPER 学術的な観点で深めると

1938年、ガストン・バシュラールは『科学的精神の形成』で「認識論的障害」を定式化した。ロレイン・ダストンとキャサリン・パークの1998年の研究は、中世から近代にかけて「驚異(wonder)」が認識論的カテゴリとして機能し、説明できない現象への困惑が自然探究の制度的動力だったことを実証した。17世紀以降、驚異は「迷信」として排除され、「わからない」は恥へと変質した——この否定的評価は普遍的ではなく、特定の歴史的転換の産物である。社会科学の側では、ウィリアム・ペリーの認識論的発達モデルが、研究者が「わからない」と向き合う能力の成熟を記述している。未熟さの感覚は退行ではなく、問いの精度が上がっている証拠だ。

SIGNAL 01

ペリーの1970年の研究では、大学生の約70%が入学時に「正しい答えは権威者が持っている」という二元論的認識段階にあり、多元的不確実性を受容できる段階に達するのは4年間で少数にとどまった。Perry, W.G. (1970). Forms of Intellectual and Ethical Development in the College Years. Holt, Rinehart and Winston.

SIGNAL 02

ダストンとパークの科学史研究は、12世紀から17世紀の自然探究文献を分析し、「驚異(wonder)」が自然哲学の問い立ての主要動因として機能していた時代を記録した。17世紀の科学革命期以降、驚異は認識論的地位を失い始めた。Daston, L. & Park, K. (1998). Wonders and the Order of Nature, 11501750. Zone Books.

SIGNAL 03

プロクターのアグノトロジー研究は、20世紀のタバコ産業が科学的無知を意図的に生産・維持するために費やした資金を数億ドル規模と推定し、無知が受動的欠如でなく能動的生産物であることを実証した。Proctor, R.N. (2008). "Agnotology: A Missing Term." In Proctor & Schiebinger (Eds.), Agnotology. Stanford University Press, pp. 133.

SIGNAL 04

ハンソンは1958年の著作で、ケプラーとティコ・ブラーエが同じ夜明けの太陽を「見て」いながら異なる現象を観察していたことを示し、観察が理論的枠組みに依存することを論証した。「見る」ことはすでに「問い」を持つことだ。Hanson, N.R. (1958). Patterns of Discovery. Cambridge University Press.

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Hanson, N. R. (1958). Patterns of Discovery: An Inquiry into the Conceptual Foundations of Science. Cambridge University Press. 観察の理論負荷性とアブダクションによる発見の論理を定式化した科学哲学の古典的一次文献。
  • Polanyi, M. (1958). Personal Knowledge: Towards a Post-Critical Philosophy. University of Chicago Press. 暗黙知と個人的知識論を展開し、発見における体験的把握の不可欠性を論じた一次文献。
  • Bachelard, G. (1938). La Formation de l'esprit scientifique. Vrin. (邦訳:及川馥訳『科学的精神の形成』国文社, 1975) 認識論的障害概念の原典。科学的問いの生成を阻む「わかった気」の知識の構造を哲学的・歴史的に分析した。
  • Proctor, R. N. (2008). "Agnotology: A Missing Term to Describe the Cultural Production of Ignorance (and Its Study)." In R. Proctor & L. Schiebinger (Eds.), Agnotology: The Making and Unmaking of Ignorance. Stanford University Press, pp. 1–33. 無知の社会的・制度的生産を分析するアグノトロジーの基礎論文。誰の問いが「発見」と認定されるかの権力的構造を示す。
  • Perry, W. G. (1970). Forms of Intellectual and Ethical Development in the College Years: A Scheme. Holt, Rinehart and Winston. 認識論的発達モデルの原著。二元論的確実性から多元的不確実性の受容へという成熟過程を実証的に記述した古典。
  • Daston, L. & Park, K. (1998). Wonders and the Order of Nature, 1150–1750. Zone Books. 「驚異」が認識論的カテゴリとして機能した中世から近代の自然探究史を実証し、「わからない」の否定的評価が歴史的産物であることを示す科学史の基礎文献。
  • Husserl, E. (1936). Die Krisis der europäischen Wissenschaften und die transzendentale Phänomenologie. (邦訳:細谷恒夫・木田元訳『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』中央公論社, 1974) 地平概念と知の可能性の境界構造を論じた現象学の一次文献。「わからない」を地平の縁に触れる体験として記述する基盤を提供する。
NEXT — 次の記事への示唆

「わからない」を抱える体験を、制度としての大学や研究評価システムがどのように形成・抑圧してきたかという視点から問い直す記事も面白そうです。アグノトロジーと教育制度史を交差させることで、また別の発見へと辿ります。

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