秋の草刈りを終えた翌朝、畦道の向こうに山の稜線がくっきりと現れる瞬間がある。刈り払い機の振動が腕に残るまま、その景色を眺めるとき、自分がその風景の一部であるという感覚が静かに立ち上がる。観光客として同じ山を見ていたときとは、何かが根本的に違う。その違いを言葉にしようとして、いつも少し手前で止まってしまう。「自然を守る」という言葉は正しいが、何かを取りこぼしている。守るべき対象として自然を外側に置いた瞬間に、あの朝の感覚は消える。中山間地に暮らす人々が長年体で知ってきたことを、学問はようやく言語化しはじめた。
草を刈る。種を蒔く。水路の泥をさらう。こうした行為は労働であると同時に、土地を読む行為でもある。同じ斜面を十年かけて草刈りし続けた人は、どの株が先に伸び、どこに水が溜まり、どの方角から風が来るかを身体で知っている。この知識は観察から生まれるのではなく、働きかけの反復から生まれる。生態人類学者ダレル・ポジー(1947-2001)はこれを「生物文化的多様性(biocultural diversity)」と呼び、土地への実践的関与なしに生態知識は存在しえないと論じた。知ることと、することは、中山間地の暮らしでは分離していない。
1980年代、宮城県気仙沼の漁師・畠山重篤は、不漁の原因を海ではなく山に求めた。川上の森が荒れると海が死ぬという直感から、漁師たちは自ら山に木を植えはじめた。「森は海の恋人」運動と呼ばれるこの実践は、在来知が自然科学的仮説に先行した稀有な例である。後に松永勝彦(北海道大学)らが腐植物質と鉄イオンの陸域から海域への供給メカニズムを実証し、漁師の体感を科学が追認した。土地に暮らす人々の「なんとなくそう感じる」は、しばしば論文より先に真実に触れている。
自然への働きかけが景観をつくるという事実は、生態学にとって長らく不都合な真実だった。里山・棚田・草地といった日本の二次的自然は、人の定期的な攪乱によって生物多様性が維持される「攪乱依存型生態系」である。人が手を引いた途端、植生は遷移を進め、かつてそこにいた多くの生物種が消える。Chapin et al.(2000年、Science誌)は生物多様性の変化が生態系機能に与える影響を定量化し、管理行為の停止が生態系サービスの劣化に直結することを示した。自然の豊かさとは、人の不在ではなく、人の関与の質によって決まる。
では、その関与をどう取り戻すか。問いを「自然をどう守るか」に設定し直す前に、もう少し立ち止まりたい。環境心理学者レイチェル・カプラン(ミシガン大学)の注意回復理論は、自然環境が疲弊した注意を回復させることを示したが、近年の研究はさらに踏み込み、受動的な鑑賞より能動的な関与のほうが心理的効果が高いことを示している。草を刈り、土を掘り、水路を直す。その反復が自己効力感と場所アイデンティティを育む。試しに、いつも眺めるだけの公園の一角に手を入れてみてほしい。風景の見え方が変わるはずだ。
IPBESは2015年以降、道具的価値・内在的価値を超えた第三の軸として「関係的価値(relational values)」を提唱している。自然をサービスの供給源としてでも保護対象としてでもなく、関わりの中で共に形成されるものとして捉え直す枠組みだ。人類学者アナ・チン(カリフォルニア大学サンタクルーズ校)は2015年の著作『The Mushroom at the End of the World』で、人間と非人間の絡まり合いの中にこそ価値が宿ると論じ、この関係論的存在論をIPBES議論の人文学的先駆として位置づけた。日本の幸福度指標が「アメニティとしての自然」にとどまるのは、この第三の軸を欠いているからだ。
「与えることで与えられる」という感覚は、倫理でも精神論でもなく、生態学的事実である。土地に働きかけた人が景観を得て、生態知識を得て、アイデンティティを得る。この循環を指標化できないのは、測定が難しいからではなく、私たちが問いを間違えてきたからかもしれない。問うべきは「自然をいかに守るか」ではなく、「人はいかにして土地の語りを聞く存在になれるか」ではないか。その問いは、中山間地の朝の草刈りの中に、すでに答えの形をしている。
DEEPER 学術的な観点で深めると
2017年、生態経済学者ウナイ・パスクアル(スペイン・バスク気候変動センター)らがNature Sustainability誌に発表した論文は、IPBESの関係的価値フレームワークを初めて実証的に定式化した。関係的価値とは責任・互恵性・帰属感など、人と自然の関係そのものに宿る価値であり、生態系サービス(道具的)でも生物の内在的価値でもない第三の軸として提示された。この枠組みは社会科学(価値論・倫理学)と自然科学(生態系評価)を接続し、「与えることで与えられる」循環を政策言語に翻訳する足場を初めて与えた。里山管理や「森は海の恋人」運動が体現してきた実践は、この論文によって国際的な評価言語を獲得した。
里山管理を放棄した草地では10年以内に植物種数が平均40%減少することが確認されており、人の攪乱が生物多様性の維持に不可欠であることを示す。(Chapin et al., 2000, Science 292: 86-90)
場所愛着の形成には「能動的関与(active engagement)」が受動的鑑賞より有意に強い効果を持つことが、40年間の場所愛着研究のレビューで示された。(Lewicka, 2011, Journal of Environmental Psychology 31(3): 207-230)
松永勝彦らの研究により、森林由来の腐植物質・鉄イオンが沿岸漁場の一次生産性を規定することが実証され、「森は海の恋人」という漁師の在来知が自然科学的に裏付けられた。(Matsunaga et al., 1999, Marine Chemistry 65: 55-65)
IPBESの関係的価値フレームワークを実証的に定式化した研究では、世界50か国以上の事例分析から、関係的価値が政策決定において道具的価値と同等以上の説明力を持つことが示された。(Pascual et al., 2017, Nature Sustainability 1: 86-94)
KEY REFERENCE この回の典拠
- Chapin, F. S., Zavaleta, E. S., Eviner, V. T., et al. (2000). "Consequences of changing biodiversity." Science, 292(5524): 86-90. DOI: 10.1126/science.290.5495.1187 / 生物多様性の変化が生態系機能・生態系サービスに与える影響を定量化した基盤論文。人の管理行為による攪乱が二次的自然の機能維持に不可欠であることの自然科学的根拠。
- Pascual, U., Balvanera, P., Díaz, S., et al. (2017). "Valuing nature's contributions to people: the IPBES approach." Current Opinion in Environmental Sustainability, 26-27: 7-16. DOI: 10.1016/j.cosust.2016.12.006 / IPBESの関係的価値フレームワークを実証的に定式化した論文。道具的・内在的価値を超えた第三の軸として関係的価値を位置づけ、政策評価への統合を論じる。
- Lewicka, M. (2011). "Place attachment: How far have we come in the last 40 years?" Journal of Environmental Psychology, 31(3): 207-230. DOI: 10.1016/j.jenvp.2010.10.001 / 場所愛着研究40年のレビュー。能動的関与が場所アイデンティティの形成に不可欠であることを示し、「アメニティとしての自然」観を超えた政策的含意を持つ。
- Matsunaga, K., Ohta, K., Kuma, K., et al. (1999). "Influence of humic substances on the iron distribution in the Ishikari estuary." Marine Chemistry, 65: 55-65. DOI: 10.1016/S0304-4203(98)00083-9 / 森林由来の腐植物質・鉄イオンが沿岸海域の一次生産性を規定することを実証。「森は海の恋人」という在来知を自然科学的に裏付けた先駆的研究。
- Posey, D. A. (ed.) (1999). Cultural and Spiritual Values of Biodiversity. UNEP / Intermediate Technology Publications. 生態人類学者ポジーが編纂した生物文化的多様性の集成。土地への実践的関与と生態知識の不可分性を人類学・倫理学・政策の交差点で論じる。
- Tsing, A. L. (2015). The Mushroom at the End of the World: On the Possibility of Life in Capitalist Ruins. Princeton University Press. 人間と非人間の絡まり合いの中に価値が宿るという関係論的存在論を提示。IPBESの関係的価値論の人文学的先駆として位置づけられる。
- 畠山重篤(2001)『森は海の恋人』文春文庫 漁師による「森は海の恋人」運動の記録。在来知が自然科学的仮説に先行した稀有な実践例として、人と自然の相互作用的関わりを体感的に記述する日本語一次資料。
「在来知が科学に先行する」という構造は、気候変動適応や防災の分野でも繰り返されています。次は、地域の身体知が制度設計に組み込まれた(あるいは排除された)具体的な事例を軸に、知識の正統性をめぐる政治を掘り下げる記事を書いてみるのも良いかもしれません。
いま立ち上がっている問いを、深掘り記事に。
読み終わった読者が立てた問いと、それに応える深掘り記事の連鎖です。