本文へスキップ
NPO 法人ミラツク · RITEVol.001 / 2026.05.30 (Sat) / No.0247
問いを、記事に変える共創メディア。
Where questions become essays.
RITE ESSAY/メンバーの記事

「問い続ける会社」だけが、奪い合いを終わらせる

ある朝、会議室に十数人が集まり、新しい中期経営計画を議論していた。ファシリテーターが何気なく投げた一言——「そもそも、この会社は何のために存在するのですか」——に、部屋が静まり返った。誰もが口を開きかけ、そして閉じた。売上目標でも、ミッションステートメントでもなく、存在の根拠を問われたとき、会社という装置は突然、透明になる。その沈黙の中に、今の時代が抱える問いのすべてが凝縮されていた。技術と社会情勢と自然環境の前提が同時に揺らぐ多極化の時代に、会社とは何者なのか。その問いから逃げ続けることが、奪い合いを再生産する。

阿座上陽平株式会社Zebras and Company
2026.05.29READ 8 MIN

ある朝、会議室に十数人が集まり、新しい中期経営計画を議論していた。ファシリテーターが何気なく投げた一言——「そもそも、この会社は何のために存在するのですか」——に、部屋が静まり返った。誰もが口を開きかけ、そして閉じた。売上目標でも、ミッションステートメントでもなく、存在の根拠を問われたとき、会社という装置は突然、透明になる。その沈黙の中に、今の時代が抱える問いのすべてが凝縮されていた。技術と社会情勢と自然環境の前提が同時に揺らぐ多極化の時代に、会社とは何者なのか。その問いから逃げ続けることが、奪い合いを再生産する。

哲学者ユク・ホイ(Yuk Hui、香港城市大学)は2016年の著作『技術と時間の問い——宇宙技術論』で、「技術は一つではない」と宣言した。ハイデガーが描いた近代技術の一元的支配に抗い、道・器・勢という中国哲学の概念装置を用いて、技術が文化的・宇宙論的文脈に応じた複数の形式をとりうることを示したのだ。この洞察を会社論に転用すれば、会社もまた株主利益最大化という単一の資本主義的形式に収斂する必然はない。会社の形式は、問いを立てる者の文化と宇宙論によって、複数でありうる。

会社の起源を辿ると、その本来の姿が浮かぶ。17世紀の東インド会社は、国家が単独では担えない遠洋貿易のリスクを社会的に分散する装置として生まれた。株式会社制度とは、もともと「一人では背負えない不確実性を、複数の主体が関係の束として引き受ける仕組み」だった。ヘーゲルは『法の哲学』(1820年)で、市民社会を家族と国家の間に位置する「人倫(Sittlichkeit)」の結節点として描いた。会社はその結節点に生きる倫理的共同体として構想されていた。多極化が進む今、この原点への問い直しは、制度設計の思想的基盤として再び切実な意味を帯びる。

経済学者ロナルド・コース(Ronald Coase)は1937年に「なぜ会社は存在するか」を取引費用の論理で解いた。しかしその問いは「会社は何をすべきか」には答えない。クリス・アージリス(Chris Argyris)が1978年に提示したダブルループ学習は、より根本的な問いを開く。シングルループ学習が既存ルール内で誤りを修正するのに対し、ダブルループ学習はルールそのものを問い直す。「考える会社」とは、制度の前提を反省的に更新できる組織だ。ここで自然科学が補助線を引く——真核細胞の誕生は競争による勝者の独占ではなく、異種細菌が互いを取り込む共生によって起きた、というリン・マーギュリスの1967年の発見である。

自分の組織で試せる最小の実践がある。週に一度、職位と肩書きを外した対話の場を設けることだ。ドイツのMitbestimmung(共同決定制度)——労働者が監査役会に参加し経営意思決定に関与する仕組み——を持つ企業は、持たない企業と比べて長期的な設備投資率が有意に高く、短期的な株主圧力への耐性を示す(Addison, Schnabel & Wagner, 2004)。「民主的統治はコストだ」という経営常識を、この実証結果は正面から反転させる。意思決定の場に複数の声を持ち込むことは非効率ではなく、会社をステークホルダーの「関係の束」として再構成する最初の一歩となる。

経済学者ケイト・ラワース(Kate Raworth、オックスフォード大学)のドーナツ経済学は、会社の目的を「利潤の最大化」から「社会的基盤の維持と生態的限界の尊重」へと再定義する。マリアナ・マッツカート(Mariana Mazzucato、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)のミッション経済論はさらに踏み込み、会社が解くべき問いを市場ではなく社会が設定すべきだと主張する。この目的転換は一度きりの改革ではない。古生物学者エルドレッジとグールドが1972年に提示した断続平衡説——生物の進化は漸進的ではなく、安定期と急変期を繰り返す——が示すように、会社の変容もまた、共生的統合を繰り返しながら進む非線形のプロセスとして理解すべきだ。

「会社とは何か」という問いへの答えは、会社の外部にある正解を探すことでは得られない。問い続ける実践そのものの中にある。ユク・ホイのコスモロジカル多元主義が示すように、会社の形式が文化的文脈に応じて複数でありうるならば、「正しい会社の形」を独占しようとする試みこそが、新たな奪い合いを生む。奪い合いは、答えを持つ者が持たない者を支配しようとするところから始まる。問い続ける会社だけが、その連鎖を断ち切る制度になりうる。

DEEPER 学術的な観点で深めると

社会科学の比較制度分析(Hall & Soskice, 2001)が示す「制度的補完性」——複数の制度が相互に強化し合うとき、特定の経済体制が安定する——という枠組みで読めば、民主的統治と長期投資は対立しない。2004年、シュナーベルらがBritish Journal of Industrial Relationsに発表した実証統合レビューは、Mitbestimmung(共同決定制度)を持つ企業が長期投資において優位を示すという知見を蓄積した。自然科学の視点を重ねると、リン・マーギュリスの共生進化論が示すように、真核細胞という生命の革新は競争ではなく異種細菌の相互取り込みによって生まれた。「異質な声を内部化する組織」が長期的に強靭である、という命題は、社会科学と自然科学の両側から支持され続けている。

SIGNAL 01

Mitbestimmung(共同決定制度)を持つドイツ企業は、持たない企業と比較して長期的設備投資率が有意に高く、短期株主圧力への耐性を示す実証結果が確認されている。(Addison, J.T., Schnabel, C., & Wagner, J., 2004, British Journal of Industrial Relations, 42(2): 255-281

SIGNAL 02

リン・マーギュリスの1967年の原著論文は、真核細胞の誕生が異種細菌の共生的取り込みによることを示した。競争ではなく共生が生命の複雑化を駆動したという発見は、組織進化論の前提を根底から問い直す。(Margulis, L., 1967, Journal of Theoretical Biology, 14(3): 225-274

SIGNAL 03

コース(1937)が定式化した取引費用論は、会社の存在根拠を市場の代替コスト削減に求めた。しかし同論文発表から87年を経た現在、会社の境界はデジタルプラットフォームにより再び溶解しつつあり、「なぜ会社か」という問いは新たな位相に入っている。(Coase, R.H., 1937, Economica, 4(16): 386-405

SIGNAL 04

ホール&ソスキス(2001)の比較制度分析は、自由市場型と調整市場型という資本主義の二類型が制度的補完性によって安定することを示した。単一の資本主義モデルへの収斂を否定するこの枠組みは、会社形式の文化的多元性論の社会科学的根拠となる。(Hall, P.A. & Soskice, D., 2001, Varieties of Capitalism, Oxford University Press)

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Coase, R. H. (1937). "The Nature of the Firm." Economica, 4(16): 386-405. DOI: 10.1111/j.1468-0335.1937.tb00002.x / 会社がなぜ存在するかを取引費用の論理で定式化した制度経済学の起点となる古典的原著。
  • Margulis, L. (1967). "On the origin of mitosing cells." Journal of Theoretical Biology, 14(3): 225-274. DOI: 10.1016/0022-5193(67)90079-3 / 共生進化論の原著。競争ではなく異種細菌の相互取り込みが真核細胞を生んだという発見は、組織の進化的優位を「共生」に求める論拠となる。
  • Argyris, C., & Schön, D. A. (1978). Organizational Learning: A Theory of Action Perspective. Addison-Wesley. シングルループ学習とダブルループ学習を区別し、制度の前提を問い直す「考える組織」の理論的基盤を提示した組織学習論の定本。
  • Hall, P. A., & Soskice, D. (2001). Varieties of Capitalism: The Institutional Foundations of Comparative Advantage. Oxford University Press. 自由市場型と調整市場型という資本主義の多様性を制度的補完性で説明する比較制度分析の標準的参照点。会社形式の多元性論の社会科学的根拠。
  • Addison, J. T., Schnabel, C., & Wagner, J. (2004). "The course of research into the economic consequences of German works councils." British Journal of Industrial Relations, 42(2): 255-281. DOI: 10.1111/j.1467-8543.2004.00316.x / Mitbestimmung(共同決定制度)の経済的帰結を実証的に統合したレビュー。民主的統治が長期投資と両立するという知見を提示する。
  • Hui, Y. (2016). The Question Concerning Technology in China: An Essay in Cosmotechnics. Urbanomic. ハイデガーの技術論を脱ヨーロッパ化し、技術が文化的・宇宙論的文脈に応じた複数の形式をとりうることを示す。会社形式の文化的多元性論に直結する哲学的一次著作。
  • Freeman, R. E. (1984). Strategic Management: A Stakeholder Approach. Pitman. 会社を株主のための利益最大化装置ではなく複数ステークホルダーの「関係の束」として再定義したステークホルダー理論の定本。
NEXT — 次の記事への示唆

「問い続ける会社」の制度設計を、具体的な法人格や所有構造の変革——協同組合・B Corp・ステワードシップ所有——という角度からさらに深めます。問いを組織の骨格に埋め込むとき、どのような構造が「奪い合い」を終わらせる力を持つのかを次の記事で探ります。

FOR THE READER WHO FINISHED / 読み終わったあなたへ

いま立ち上がっている問いを、深掘り記事に。

読み終わった読者が立てた問いと、それに応える深掘り記事の連鎖です。

まだ深掘りの問いはありません。読了したら下部の入力欄から最初の問いを書いてみてください。